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「ヒールレスシューズ」で世界を
驚かせた舘鼻則孝の原点回帰。
クレドールの漆芸ダイヤルから読み解く、「手仕事の痕跡」という価値

日本文化に根差した技法や素材を用いながら、世界を舞台に独自の表現を切り拓いてきた現代美術家・舘鼻則孝。活動15周年の節目に「自らの手で仕上げる」という原点回帰へ向かう彼がいま、表現の核として見出すものとは何か。漆芸の美を宿したクレドールの限定モデルを手がかりに、その創作を支える価値観を探る。

聞き手・文=倉持佑次 撮影=師岡 学

 日本発のドレスウォッチブランドとして、日本人の感性と価値観で美を追求してきたクレドール。「The Creativity of Artisans(匠たちの探求と豊かなる創造)」というメッセージのもと、日本の伝統工芸をはじめ、異なる領域で培われた技術や感性を、腕時計というかたちへと昇華してきた。その最新作である「ゴールドフェザー 漆芸ダイヤル 限定モデル GBBY967」は、伝統的な黒漆をベースに彩度を緻密に調整した青を幾層にも重ねることで、深海へ差し込む一条の光のような静謐なグラデーションをダイヤルに描き出した。

ゴールドフェザー 漆芸ダイヤル 限定モデル GBBY967

 いっぽう、活動15周年という節目を迎えた舘鼻則孝は、いま改めて創作の原点を見つめ直している。外部の職人やチームとの協働によって大規模なプロジェクトを手がけながら、近年は再び自らの手で素材と向き合う時間を増やしているという。その背景にあるのは、「つくり手の存在が感じられるもの」への強い関心だ。そうした舘鼻の関心と重なるのが、クレドールの「GBBY967」である。黒漆と青漆を重ね、職人の手で研ぎ出されたダイヤルには、効率化や合理化では置き換えられない手仕事の痕跡が宿る。その小さな工芸品を前に、舘鼻は何を見出したのだろうか。

創作の現場に取り戻したかったもの

──近年も国内外での展示や大規模なプロジェクトなど、多方面でご活躍されています。いまもっとも関心を寄せているテーマや、ご自身のクリエーションの現在地について教えてください。

舘鼻 直近の展覧会に向けた集中した制作と、長期的なスパンの自主プロジェクトを並行して動かしているのですが、昨年から今年にかけて活動15周年という節目を迎えたことが僕のなかでひとつの大きな契機になりました。これまでは、自分で手を動かしてつくる作品に加えて、外部の熟練した職人さんとチームを組み、大きなプロジェクトを率いる機会も多かったんです。しかし、いま改めてもう一度「自らの手で仕上げる」比率を増やし、原点回帰のムードでスタジオに籠もる時間を大切にしています。

活動15周年を迎えた舘鼻

──そのマインドの変化には、どのようなクリエイティブへの問題意識があったのでしょうか。

 ファッションや現代のプロダクトの世界は、どうしても大量合理化の方向へ向かいがちですよね。でも、僕が表現したいアートやクラフトの核にあるのは、「誰がつくったか」が確かに感じられるような、手仕事の痕跡なんです。あらかじめ決められたゴールから逆算して進むものづくりも合理的で必要ですが、自分で手を動かしながら試作を重ね、途中で気分が変われば別の道へ進むような自由さ、そのバランスをいま改めて追求したい。自分が100パーセント向き合った純粋な思想や技術の痕跡を、作品に色濃く残したい。そんな空気感が、いまの制作の根底に流れています。

伝統を「武器」として選んだ理由

──東京藝術大学で伝統技法を学び、それを世界のアートやファッションの文脈へと接続してこられました。現在の創作につながる、その原点について教えてください。

舘鼻 東京藝大にいた頃は、先生も学生も当たり前のように高度な伝統技法を使っていました。だから自分が「伝統工芸をやっている」という特別な意識すらなかったんです。周囲を見渡せば誰もが伝統技法を使っているわけですから、むしろ自分は“伝統工芸アレルギー”のようになる瞬間すらありました(笑)。

──そこから、ご自身の表現の軸として伝統文化を見つめ直したのですね。

舘鼻 社会に出るにあたって、僕はもともとファッションの世界でグローバルに活躍する日本人になりたいと考えていました。そのときに、「世界で戦うための自分の武器になるものはなんだろう」と必死に考えたんです。西洋の真似事をしても、彼らのカルチャーのなかで勝つのは難しい。日本人だからこそできる表現を突き詰めるべきだと思ったときに、拠り所になったのが大学で学んだ日本の古典や工芸の歴史でした。

 そして、その考えを形にしたのが、花魁の高下駄から着想を得て生み出された卒業制作──のちの代表作と呼ばれるようになる「ヒールレスシューズ」です。伝統文化や昔の日本人の精神性は、独学では決して身につかない、歴史と技術の血筋のようなものだと思っています。だからこそ、その環境で学んだことを土台にしながら、世界に向けて新しい表現を生み出していこうと考えてきました。

舘鼻則孝《Heel-less Shoes》(2020) 染色された牛革、メタルファスナー 各31.7x8.4x20.0cm Photo by Keizo Kioku ©︎NORITAKA TATEHANA Courtesy of KOSAKU KANECHIKA

言葉を超えたリアリティと、時代を映す「記録」

──舘鼻さんの作品は、強い視覚的インパクトと独自の存在感を備えています。作家として、作品を世に送り出す際に重視していることはなんですか。

舘鼻 僕は、言葉では説明しきれない体験として作品を成立させたいと思っています。「ヒールレスシューズ」もそうですが、画像やリリースで見た気になってしまう時代だからこそ、目の前で作品に触れたときにしか得られない濁りのない感覚や、素材・プロセスそのものが放つ実在感を大切にしたい。そしてもうひとつは、作品が「時代を映す記録装置」として機能することです。

──時代を映す記録装置、ですか。

舘鼻 例えば、僕の作品はニューヨークのメトロポリタン美術館やロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館に収蔵されているのですが、それって「僕自身がこの世を去ったあとも、作品が生き続ける場所ができた」ということでもあるんです。歴史を振り返ると、人間は戦争や大きな時代のうねりがあるたびに、過去の芸術作品を見つめ直し、そこに内包されたメッセージを受け取ってきました。だから僕も、自分が生きていた痕跡としてのクリエイションを、思考を積み重ねながら遺していきたい。何十年、何百年先を生きる未来の世代がその作品と対面したときに、見えない時間を想像し、僕らの時代を感じ取ってくれるような、歴史の1ページになることを目指して一つひとつの作品に向き合っています。

計算できる精度と、予測不能な変化の同居

──今回、クレドールの「ゴールドフェザー 漆芸ダイヤル 限定モデル」を手に取っていただきました。この手のひらに乗る精緻な漆芸ダイヤルをご覧になって、伝統素材を扱う作家としてどのような共感を覚えましたか。

舘鼻 漆というマテリアルは、たんなる塗装とは違って、独特の「深度」というか、奥行きを持っています。薄い塗膜を何十層も重ね、それを研ぎ出すという、気の遠くなるような工程を経て初めてあの艶が生まれる。この腕時計のダイヤルは、外周の黒から中央のブルーへ「じわり」と濃淡が移り変わるグラデーションになっています。これは黒や赤に金を合わせる従来の漆のイメージを更新し、「青漆×プラチナの高蒔絵」という組み合わせに挑戦している。非常に現代的で新しい表現だと感じました。

クレドール ゴールドフェザー 漆芸ダイヤル 限定モデル GBBY967を手に取る舘鼻
クレドール ゴールドフェザー 漆芸ダイヤル 限定モデル GBBY967

──なかでも、とくに印象に残ったディテールはありましたか。

舘鼻 驚いたのは、このダイヤルがガラスの膨らみに合わせてわずかに曲面を帯びているという点です。フラットではない曲面に対して、職人の研ぎ澄まされた指先の感覚だけでグラデーションを均一に研ぎ出している。100分の1ミリ単位で計算された精密な設計がありながら、最終的には人間の手でしかコントロールできない領域、あるいは予測不能な変化を受け入れる工芸の美しさがそこにある。計算できるものと、計算できないものがひとつの中に同居している状態に、ものづくりとしての強い詩情を感じます。

──実際に触れてみて、この腕時計ならではの魅力はどこにあると感じましたか。

舘鼻 実際に腕に添えて自然光のもとで見ると、角度によって青漆の表情が生き物のように変化して、写真とは違う質感が見えてきます。そして、自分の手でゼンマイを巻くという行為は、あえて手間をかける「非効率の贅沢」であり、ある種の「時間を意識する儀式」ですよね。効率主義の現代において、腕時計に手をかける時間そのものが持ち主に豊かな情緒をもたらしてくれる。レザーストラップの温かみを感じる装着感も相まって、使い込むほどに素材が育ち、所有者だけの「味わい」という変化を遂げていく。それは僕が理想とする、時間を味方につけたアートやクラフトのあり方そのものだと思います。

 合理化や効率化が加速する現代において、舘鼻則孝が大切にしているのは、手仕事の痕跡が感じられるものづくりだった。クレドールの腕時計もまた、職人たちが費やした膨大な時間と感覚の集積によって成立している。そこに刻まれているのはたんなる装飾ではない。つくり手たちが生きた時間の記録でもある。手をかけ、時間をかけること──その価値を見失いがちな時代だからこそ、この小さなダイヤルは静かにその意味を語りかけてくる。

編集部