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「アンドリュー・ワイエス展」(東京都美術館)開幕レポート。窓、扉、そして人、「境界」をめぐる絵画との対話【4/4ページ】

「窓」という境界、そして生命の予感

 ワイエスが描いたモデルは、クリスティーナだけではない。ペンシルヴェニア州では隣人の農場主カール・カーナーを、そしてカールの没後は、その介護を行っていたヘルガ・テストーフを長年にわたり描き続けた。第4章「まなざしのひろがり」では、特定の人物を起点としながらも、周辺の風景や静物へと広がっていくワイエスのモチーフの変遷をたどる。

ワイエスが描いた「窓」にフォーカスした作品群
《ゼラニウム》(1960)は、薄暗い台所に座るクリスティーナを窓の外から描いた作品だ。クリスティーナの衰弱や死を思わせつつも、その奥の窓からも光が差し込んでいる

 最終章では、本展のメインテーマである「境界」、そしてワイエスが繰り返し描いた「窓」に焦点を当てる。父の死を機に醸成された死生観は、ワイエスの絵に生命の息吹と死の無常を同居させている。それは直接的なモチーフで表現されているのではなく、窓や扉、あるいは水路に張った薄氷といった隠喩としてのモチーフに顕著に現れている。

アンドリュー・ワイエス《薄氷》(1969)パネルにテンペラ

 自宅付近の凍った水路を俯瞰で描いた《薄氷》(1969)は、ワイエス作品のなかでも抽象性が際立つ作品だ。凍りついた様子は停滞や死を想起させるが、氷に閉じ込められた水泡や、氷上に残された葉のリアルな描写からは、静止した時間のなかに息づく生命力が感じられる。

 ワイエスが描いた窓、扉、そして人々に見られる「境界」。それらは決して世界を分断するものではなく、往来する場所として捉えられているように感じられる。その視点は、多様な価値観が混在する現代を生きる私たちの価値観とも共鳴しうる可能性を秘めているのではないだろうか。

 なお、美術手帖では、日本におけるワイエス研究の第一人者である豊田市美術館館長・高橋秀治へのインタビュー「アンドリュー・ワイエスとは何者だったのか。日本における研究の第一人者・高橋秀治の言葉から探る」や、専門家らによる「アンドリュー・ワイエスをもっと知るための6つのキーワード」といった記事を公開中だ。展覧会のお供にぜひ参照いただきたい。

最後の展示室には、「境界」としての扉、そしてワイエスのポートレート。壁面の裏では映像が上映されており、技法の解説や晩年のワイエスのインタビュー(一部)を見ることが可能だ

編集部