地下の書斎兼映写室
地下1階は、詩人であり映像作家でもあった志郎康の書斎兼映写室となっている。防音のため二重ガラスで囲われたスペースや、多くの本が置ける本書斎などが設けられている。志郎康は知人を呼びよくこの空間で上映会を行っていたという。写真作品も制作していた志郎康は、荒木経惟(1940〜)や森山大道(1938〜)とも交流があり、車庫に備え付けられたトイレを暗室として使おうというアイデアもあった(実際は暗室としては使わず、車庫も車を使う者がいなかったため自転車置き場となっていた)。




同じフロアには、「赤の部屋」と呼ばれる小さい部屋がある。ここは漫画部屋として使われており、交流のあったつげ義春(1937〜)の作品をはじめ、壁一面が漫画で埋め尽くされていたという。篠原の建築は、広い部屋には白を使い、一部の狭い部屋には鮮やかな色が用いられているが、これほど多くの色を大胆に使っている作品はこの住宅くらいだという。

前衛的な設計が施された本住宅は、施主・鈴木志郎康の創作活動に多大な影響を与えた。同時に、志郎康とその家族がこの空間を生きることで、住宅そのものもまた、変容し続けてきたと言えるだろう。たとえ「無人」の状態が芸術作品としての完成形だとして、住人のいない住宅は今後どのようになっていくのだろうか。篠原作品のなかでも重要な意味を持つこの建築が、どのように保存・継承されていくのか、その行方に注目したい。



















