• HOME
  • MAGAZINE
  • NEWS
  • REPORT
  • 「セカイノコトワリ―私たちの時代の美術」(京都国立近代美術館…

「セカイノコトワリ―私たちの時代の美術」(京都国立近代美術館)開幕レポート。90年以降の表現が示すもの【4/4ページ】

空間にあわせた展示

 本展は展示室にとどまらない。1階ロビーの一角に広がるのは、毛利悠子のインスタレーション《Parade》(2011–17)だ。本作は、テーブルクロスの図案を譜面に変換し、電流によってアコーディオンやドラム、風船などを動かすユーモラスなインスタレーションだ。光・重力・音といった不可視の現象を取り込みながら、その存在を鑑賞者に気づかせる。

毛利悠子《Parade》(2011–17)の展示風景

 また、展示室へ向かう階段を上る途中には、AKI INOMATAの代表的なシリーズである「やどかりに『やど』をわたしてみる」が並び、国境を越えて移動する現代人の姿をヤドカリに重ねて提示する。

AKI INOMATA《やどかりに「やど」をわたしてみる-Border-(ラ・リューシュ、パリ)》(2024)

 このほか、日本の近代史や移民の記憶をアーティストが自らの視点で読み直す作品も紹介される。高嶺格は、在日コリアンのパートナーとの関係を題材にテキストや写真を組み合わせ、個人史を通して近代の歴史を照射。手塚愛子は京都・西陣の織物職人と協働し、日本の鎖国・開国の歴史から着想された《閉じたり開いたり そして勇気について(拗れ)》(2024)をつくりあげた。また原田裕規は、日系ハワイ移民の混成文化をピジン英語によって語る映像作品「シャドーイング」シリーズを出品。それぞれ異なる角度から日本と世界の関わりを検証する。

手塚愛子《閉じたり開いたり そして勇気について(拗れ)》(2024)の展示風景
原田裕規の「シャドーイング」シリーズ

 本展は、明確な答えを提示する展覧会ではない。むしろ、私たちが立っている「いま」という地点が、いかに多層的で、不確かで、同時に切実な問いに満ちているかを、作品を通して静かに浮かび上がらせる試みと言えるだろう。京都国立近代美術館のコレクションが編み直すこの「私たちの時代」の像は、鑑賞者一人ひとりに異なる読みを許容しながら、世界と向き合うための思考の足場を差し出すものだ。

 なお本展は、近年現代美術分野への強いコミットメントを見せるメルコグループが主催に入ることで開催が実現したもの。福永治館長は、「国立美術館が経済的に厳しい状況にあるなかで、メルコグループと展覧会を行うことは新しい事業モデル」と語る。メルコが提供した資金は6000万円だという。

*一部修正しました(2026年1月9日)

編集部