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「ライシテからみるフランス美術」(宇都宮美術館)レポート。フランス美術史を問い直す世界初の試み【2/7ページ】

第一章 二つのフランスの争い──信仰と理性の間に

 18世紀のフランス、ブルボン王朝のもとでカトリックは国教として君臨していた。人々の公的・私的生活を管理し、王権と結びついた宗教は、国家そのものをかたちづくっていた。だが、1789年のフランス革命がその均衡を破る。

展示風景より、作者不詳《第三身分のめざめ》(1789、専修大学図書館)

 教会財産の国有化、聖職者の「公務員化」。宗教によらない新しい秩序の下で、教会の役割は国家へと吸収されていく。革命が激化すると聖職者 は攻撃の対象となり、宗教建築が破壊され、やがて革命そのものが新たな宗教性 を帯びるに至る。藤原氏は、この革命期を「ライシテの起点」として位置づける。

 「この革命後に展開される『二つのフランスの争い』、すなわちカトリック的伝統に立ち返ろうとする立場と、革命の理想を受け継ぐ立場のせめぎ合いが、近代フランス美術を形成しました。美術はそのなかで、伝統と自由との絶え間ない衝突と混交を映し出すことになります」。

左から、ウジェーヌ・ドラクロワ《聖母の教育》(1852、 国立西洋美術館、東京国立博物館より管理換え)、ジャン=フランソワ・ミレー《無原罪の聖母》(1858、山梨県立美術館)

 その緊張関係を象徴するのが、ウジェーヌ・ドラクロワ《聖母の教育》(1852、国立西洋美術館、東京国立博物館より管理換え)。宗教画でありながら、そこに描かれる母子の姿には、人間的な温もりがあふれる。藤原氏はこの作品を「本展の要」と語る。

 「ジョルジュ・サンドに招かれて彼女の別荘に滞在していた際、自然のなかで過ごす農婦の親子の姿にインスピレーションを受けたことが制作のきっかけになっています。当時、保守派の批評家たちは自然から学んで宗教画を描く ことを否定していましたが、ドラクロワは自然と芸術から得た宗教的感情を作品に結実させている。彼は既存の信仰の外に、別の“聖性”を見出そうとしたのです」。

 ここで描かれているのは、もはや「教会の聖母」ではない。人間の中に宿る祈りそのもの──ライシテの時代の“新しい聖性”が立ち上がる瞬間である。

編集部