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A.A.Murakamiインタビュー:儚さとテクノロジーのあいだで立ち上がる体験

建築とファインアートのバックグラウンドを持つ村上あずさとアレキサンダー・グローヴスによるアーティスト・デュオ、A.A.Murakami。森美術館「六本木クロッシング2025展:時間は過ぎ去る わたしたちは永遠」(3月29日まで)では、霧を内包したしゃぼん玉が水面を跳ね、やがて弾けて霧散するインスタレーション《水中の月》(2025)を発表している。Studio Swineとしての素材リサーチと並行しながら、「エフェメラル・テック(儚いテクノロジー)」を掲げて体験としての空間をつくり続けてきた二人に、新作の背景やテクノロジーとの向き合い方、そして霧というモチーフに込めた思考について、美術家・美術批評家の石川卓磨が話を聞いた。

聞き手・文=石川卓磨

展覧会場にて、A.A.Murakami 撮影=畠中彩

デュオの成り立ちと「エフェメラル・テック」へ至るまで

──まずは、お二人がアーティスト・デュオとして活動を始めたきっかけからお聞かせください。

A.A.Murakami 出発点は、2010年にロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)のデザイン・プロダクツ学科で出会ったことです。私(村上)はユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで建築を、アレキサンダーはオックスフォード大学でファインアートを学んでいて、二人とも工業的なプロダクトデザインの教育を受けてきたわけではありませんでした。そのため、二人とも「デザインとは何か」という根本をつかみきれず、葛藤を抱えていました。その違和感を共有できる「同志」として意気投合して、一緒に作品をつくり始めたのが原点です。

 二人で活動するようになり、その後は世界各地を移動しながら、現地の文化や社会的な文脈を作品に取り込んできました。例えば、サンパウロの路上でアルミ缶を溶かしてオブジェをつくる移動式鋳造所《Can City》(2013)や、中国・山東省で髪の毛を資源として捉え直した《Hair Highway》(2014)などがそうです。現地で拾い上げた要素を、デザインやアートの文脈へと翻訳していく。その積み重ねが、私たちの制作の基盤になっています。

A.A.Murakami Can City 2013 Photo by Juriaan Booij
A.A.Murakami Hair Highway 2014 Photo by Studio Swine

──当初はStudio Swineとして活動され、後にA.A.Murakamiとしての活動も開始されました。このふたつの名義はどのような関係にあるのでしょうか。

A.A.Murakami 現在も、このふたつの名義は並行させて活動しています。活動を続けるなかで、私たちの関心が大きくふたつの方向に分かれていったことが、名義を分けた理由です。いっぽうはデザインや素材の探求、もういっぽうはテクノロジーや経験を軸にしたインスタレーション。方向性がかなり異なるため、A.A.Murakamiは儚い現象とテクノロジーを組み合わせた「エフェメラル・テック(儚いテクノロジー)」(*1)を用いて、美術的な空間や現象をつくることに専念する場所と定義しました。いっぽうのStudio Swineは、引き続きデザインやマテリアルのリサーチに集中できる場として使い分けています。

村上あずさ 撮影=畠中彩

──Studio SwineとA.A.Murakamiの方向性は確かに対照的だと思いますが、そのあいだに共通項はあるのでしょうか。

A.A.Murakami 共通しているのは、始まりから終わりまで膨大なリサーチとテストを重ねるプロセスです。新しい素材や現象を扱う以上、最初から手順があるわけではなく、試行錯誤しながらかたちにしていく点は変わりません。最大の違いは、鑑賞者への「届け方」です。

 Studio Swineでは、リサーチの旅や制作プロセスといった「世界観」を伝えるために、ドキュメンタリー映像という手法を主軸としてきました。多くの人は映像を通してその文脈を目撃します。対して現在のA.A.Murakamiの作品は、実際に鑑賞者が空間に入り、現象に包まれる「体験」そのものの創出を目的としています。映像を見て理解するのではなく、現象と対峙する身体的な体験こそが作品の核になると考えています。

アレキサンダー・グローヴス 撮影=畠中彩

──お二人は建築とファインアートという異なるバックグラウンドを持っていますが、制作での役割分担や、あらかじめ決めているルールなどはありますか。それともプロジェクトごとに都度、組み替えていくのでしょうか。

A.A.Murakami いまも基本はフレキシブルで、その都度必要な部分をそれぞれが担うかたちですね。ただ、いちばん根本にあるのは「まず話すこと」です。会話を重ねながら方向を決めていくので、最初に「こうしよう」と考えていたことが、議論の途中で変わっていくことも多いんです。会話のなかでアイデアが育っていく感覚がありますね。

 アレキサンダーは、マテリアルそのものや、物理学などの科学領域に強い関心を持っています。そうした視点の違いが、素材選びや構造の決定、あるいは鑑賞者の導線や時間の設計といった様々な局面に反映されて、プロジェクトの輪郭をつくっていく。二人の異なる視点が対話によって混ざり合うことで、当初は想像もしなかった「予期せぬ作品」へと発展していくのだと思います。

──村上さんは建築を学ばれていますが、現在の活動のなかで「建築的だ」と感じる要素は、どのような部分に表れていますか。

A.A.Murakami それは、ほとんど毎回反映されていると思います。ひとつは思考のプロセスです。建築学校で学んだのは、リサーチを積み重ねながら最終地点に近づいていくアプローチでした。最初から答えを決めつけない、という態度ですね。もうひとつは、建築はたんなる「かたち」ではない、という感覚です。彫刻のように独立した物体を置くのではなく、体験が積み重なることで立ち上がってくる空間こそが建築である、と。だから私たちも、かたちそのものより、そこで人がどういう気分になるか、どんなフィーリングが生まれるかという部分を重視しています。体験から空間を立ち上げるという意識は、やはり建築を学んだ時期に培われたものだと思います。

*1──彼らが提唱する、儚い現象をエンジニアリングによって恒久的に再現・制御する技術概念。

編集部