歴史、人種、信仰の交錯から考える次の社会。国立民族学博物館の特別展「ラテンアメリカの民衆芸術」の意義とは
国立民族学博物館で開催されている、ラテンアメリカの民衆のなかで育まれた「民衆芸術」を紹介する特別展「ラテンアメリカの民衆芸術」。ラテンアメリカの多様性を伝える本展の意義を探る。
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大阪・吹田の国立民族学博物館で、北はメキシコから南はアルゼンチンまで、ラテンアメリカの民衆のなかで育まれた手工芸品「民衆芸術」を紹介する特別展「ラテンアメリカの民衆芸術」が開催されている。会期は5月30日まで。
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民衆芸術とは、ラテンアメリカ諸国の主要言語であるスペイン語でアルテ・ポプラル(arte popular)とよばれる造形芸術のひとつのジャンルだ。陶器、木彫、人形、仮面、織物、刺繍、絵画、版画、雑貨など、生活用品から収集家に向けた装飾品まで多様な作品がふくまれる。
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本展は古代文明の遺物から現代のアート・コレクティヴの作品まで、国立民族学博物館の所蔵作品を中心に約400点の民衆芸術を展示。その多様性の由来を探るものだ。
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展覧会は5章構成。民衆芸術についてのイントロダクションを経て、時代をさかのぼりながらその系譜を探り、さらには現代においても暴力と抵抗についての記憶をとどめるために制作されている、その多様なあり方を探る。
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第1章「民衆芸術と出会う」では、日常生活と関わりの深いラテンアメリカの「民衆芸術」を、「儀礼用品」「娯楽用品」「実用品」「装飾品」の4種に分類し、各国、各地域、各民族のものを紹介していく。
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会場ではメキシコ中部の陶芸の街・メテペックでつくられた、キリスト生誕の物語に由来する「儀礼用品」の土人形や、グアテマラのバスの玩具といった「娯楽用品」、寒冷な気候に合わせたチリやペルーのポンチョやボリビアの帽子などの「実用品」、樹皮を加工した紙に農作業や祭りの様子を描いたメキシコの樹皮絵などが並ぶ。ひとくちに「民衆芸術」といっても、その役割や形態が多岐にわたることをこの章からは感じることができる。
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第2章「ラテンアメリカ形成の過程」では、第1章で見たような多様な民衆芸術を生み出した、ラテンアメリカの文化の形成を、それに寄与した5つの文化を分析していく。
まず、コロンブスが到来する前の金属のないラテンアメリカでつくられた、石彫、土器、織物といったものが紹介される。ペルーの複雑な文様の土器や、ユーモラスな造形のコスタリカの動物を模した土器などが目に楽しい。
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次に、植民地時代以降に現地の人々が迫られた変容を経てかたちを変えながらも受け継がれきた民衆芸術を紹介されている。アマゾン地域の先住民族が儀礼用につくったとされる異形の仮面たちは、その土地の植物や風土を見るものに伝える。また、ブラジルの土人形やパナマの飾り布などは、観光土産や蒐集目的で購入する外部の期待に応え、かたちを変えてきた民衆芸術のひとつのかたちが示されている。
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また、植民地時代以降に生まれた混血の人々が、持ち込まれたキリスト教文化を独自に解釈し、土地固有の文化と融合させながら、新たな文化を築いてきたことを示す民衆芸術の展示も行われる。会場では「死者の日」に飾られるメキシコの祭壇の再現制作や、同じくメキシコのカラフルに彩られたドクロの人形、ボリビアのカーニバルの衣装などが展示され目に鮮やかだ。
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アフリカ系の人々もまた、ラテンアメリカの文化の重要な担い手だ。南米には植民地時代に導入された奴隷の子孫である、アフリカ系の人々も多く暮らしている。スリナムの逃亡奴隷、マルーンの木皿や櫂、ジャマイカでアフリカ回帰を思想化したラスタファーライの人々の生活用具が展示されており、ラテンアメリカの多層的な歴史を意識することの重要性を改めて感じることできる。
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さらに日本を含むアジア圏との海上交易による交流もラテンアメリカの民衆芸術には影響を及ぼした。日本製漆器の柄や文様に影響を受けたメキシコの器や、アジア圏から伝わったと言われるエクアドルやグアテマラの絣(かすり)、インドネシアにルーツを持つスリナムのろうけつ染めなどを展示することでその影響関係が可視化されており、発見を得ることができるだろう。
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第3章「民衆芸術の成熟:芸術振興の過程」では、国民の芸術として民衆芸術が称揚され、振興されることで洗練されていった民衆芸術に焦点を当てる。
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とくに国家として民衆芸術の振興に力を入れたのがペルーとメキシコだ。会場ではペルー・クスコのイラリオ・メンディビル(1929〜1977)が考案した首の長い特徴的な姿を持つ天使や聖母の人形、同じくペルーの中に宗教的な物語や日常の情景をつくりこんだ箱型の祭壇「レタブロ」などは見るものに強烈な印象を与えるだろう。
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また、メキシコのオアハカ州でつくられる動物に変身するシャーマン「ナワル」を表現した不思議な色と文様の人面をもった動物たちの木彫人形は、本展のメインビジュアルに使われ多くの人の心をとらえたものだ。同じくメキシコのメテペックの多くのモチーフが集められ木のような形状となっている「生命の木」は、同国の代表的な民衆芸術となった。ぜひ実物を前にその迫力を体感してもらいたい。
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第4章「民衆芸術の拡大:記憶と抵抗の過程」は、ラテンアメリカの民衆芸術が、過去の伝統や文化を継承発展させていくだけではなく、現在進行系で社会問題と向き合い、それを記録し伝えるメディアであることが示される。
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第二次世界大戦後のラテンアメリカは、冷戦構造のなかでアメリカやソ連を始めとする大国の干渉を受け、軍事クーデターによる軍事政権の樹立や、革命勢力による戦闘が多発した。さらに80年代の債務危機や、グローバル経済のなかでの格差拡大、麻薬産業の隆盛を要因とする治安の悪化など、様々な問題を抱えてきた。こうした状況に対して、民衆の抵抗や批判の精神を示したのも民衆芸術だった。
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チリのパッチワークの壁掛け「アルピジェラ」は、可愛らしい作風ながらもその主題はアウグスト・ピノチェト軍事政権による政治弾圧による、暴力や失踪といった事件だ。苦しい生活のなかで縫われたこれらのアルピジェラは、カトリック教会から人道支援団体、亡命者ネットワークなどを経て北米やヨーロッパに持ち出されて販売。少なからずの独裁政権下における支援となっていた。
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また、先コロンブス時代に由来する絵文書のスタイルを用いて、2014年に発生したメキシコ・ゲレロ州のアヨツィナパ師範学校の学生が失踪した事件の真相解明を求めるJ.M.サンドバル・パラシオスと息子ディエゴによる《アヨツィナパ文書》も切実な思いが込められたものだ。この事件は州政府や警察権力、麻薬組織、そして学生の複雑な関係に由来するとされており、本作はいまも未解決となっているこの事件を歴史的な視点に依拠しながら批判している。
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また、メキシコ・オアハカ市では版画運動が活発であるが、これも先住民族文化の保護や女性の地位向上といった社会問題を投げかけるものが多い。また、オアハカでは00年代中盤に民衆が州政府の横暴に対する不満のために組織化し、街中の壁面に政治的なメッセージをストリートアートとして描いた。これも、オアハカの美術学校の生徒たちが高価な画材を使わずともつくれる版画を学んだ経験を発展させることで生まれた運動だったという。
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現在もラテンアメリカの各地では、アメリカへの不法移住や新型コロナウイルスによる混乱、民族衣装の文化的・経済的搾取といった、いま眼の前にある社会問題に呼応して民衆芸術がつくられ続けている。本章は、こうした民衆の精神の発露としての芸術のあり方を生々しく伝える。
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最後となる第5章「ラテンアメリカの多様性」では、ラテンアメリカ各地の仮面を集めて展示されている。この章では、人間から動物、異形まで、色も素材も様々な仮面を集めて一堂に展示することで、ラテンアメリカの文化の多様性を示している。
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実行委員長の鈴木紀は、本展の図録にて次のように記している。
現代社会の1つの重要な課題は、多様な個性が共存できるよう文化の多様性をいかに促進するかというものであろう。もし私たちが、この課題に真摯に向き合おうとすれば、ラテンアメリカの民衆芸術から学べることは多い。
──特別展「ラテンアメリカの民衆芸術」展覧会図録、p184より
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その造形や彩色の豊かさを楽しむだけでなく、歴史、人種、宗教が複雑に絡み合いながら育まれたその歴史的背景までもを提示することで、人間とは何か、社会とは何かを繰り返し問いかける、意義深い展覧会となっている。
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