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日本初公開のスケッチも。「藤田嗣治からレオナール・フジタへ 祈りへの道」が軽井沢安東美術館で開催中【2/3ページ】

 展示第2章は、「聖母子へと続く道 〜少女を描く〜」。フジタが晩年繰り返し描いた少女像にモデルはおらず、いわばフジタの理想の子供であった。その無垢な姿に宗教画としての要素を加えていき、やがて聖母子像へと昇華を遂げていったことがこの章の展示でわかる。

展示風景より
展示風景より、左から《二人の少女》(制作年不詳)軽井沢安東美術館、《二人の姉妹(習作)》(1959年8月8日)ランス美術館
展示風景より、《パリの少女》(1955頃)軽井沢安東美術館
展示風景より、左から《若い娘とバラ》(1956)軽井沢安東美術館、《花を持つ聖母》(1965年6月21日)ランス美術館、《ばらと少女》(1952)軽井沢安東美術館

 パリにやってきたばかりの1910年代の宗教画からは、フジタが西洋で画家として名を成すために独自の表現を模索する姿が想像でき、1950年代以降の少女像や聖母子像からは、すでに自身の手法を獲得しながら、より純粋な気持ちで理想的な無垢なる像を描こうと試みた姿勢が伝わってくる。

展示風景より、左から《母子像(習作)》(1953頃)ランス美術館、《母子像》(1952)軽井沢安東美術館
展示風景より
展示風景より 1913年に渡仏したフジタの初期の宗教画を展示。壁に掛けられた《祈り》(左)は1918年、《受胎告知》(右)は1918年頃に描かれた作品 軽井沢安東美術館蔵

編集部