展示第2章は、「聖母子へと続く道 〜少女を描く〜」。フジタが晩年繰り返し描いた少女像にモデルはおらず、いわばフジタの理想の子供であった。その無垢な姿に宗教画としての要素を加えていき、やがて聖母子像へと昇華を遂げていったことがこの章の展示でわかる。




パリにやってきたばかりの1910年代の宗教画からは、フジタが西洋で画家として名を成すために独自の表現を模索する姿が想像でき、1950年代以降の少女像や聖母子像からは、すでに自身の手法を獲得しながら、より純粋な気持ちで理想的な無垢なる像を描こうと試みた姿勢が伝わってくる。






















