「だれかと」の実践を広げてきた日比野が、再び〈ひとり〉と向き合ったのが、コロナ禍に突入した2020年だった。第6章「〈ひとり〉と絵」では、外出や移動が制限されたこの時期に制作された近作51点の絵画が紹介されている。
これらの作品は、東京藝術大学が主導する「TURN」プロジェクトの一環として制作された。TURNは、アーティストが福祉施設などにレジデンスし、「出会い」を起点に表現を生み出すプログラムで、日比野はその監修者を務めている。コロナ禍によって海外派遣が叶わなくなった代わりに、これまでの活動を記録・発信する書籍『TURN on the EARTH わたしはちきゅうのこだま』が編まれ、日比野はそのなかで、言葉と絵を通じてプロジェクトの本質を伝えている。

「パスポートをなくしてホテルにこもったとき」「シベリア鉄道で車窓を眺め続けたとき」──かつての〈とどまるしかなかった時間〉に描かれたシリーズと同様に、今回もまた“動けなさ”のなかで「描くこと」に立ち戻っている。社会との共創を広げてきた作家が、孤独な時間においてなお絵を描くことで世界とつながろうとする姿勢が、鮮やかに浮かび上がる。
展覧会の締めくくりを飾るのは、長年日比野が制作拠点としていた渋谷のアトリエを再構成した「仮のアトリエ」空間である。

このアトリエは建物の老朽化により解体されることとなったが、東京藝術大学ではその空間を文化的資源としてとらえ、日比野克彦のアトリエを保存するプロジェクトが立ち上げられた。本展では、アトリエにあった家具や資料、スケッチなどが展示室に再構成され、作家の創造が立ち上がる“場”の重要性が可視化されている。
日比野自身、「アトリエは作家がいなければ成立しない場」であり、作品を理解するにはその場の空気、時代性、地域性までも含めてとらえる必要があると語る。展示室では、“作品が生まれる空間”そのものが、ひとつのインスタレーションとして体感できる構成となっている。
本展は、日比野克彦の表現の核にある〈ひとり〉と〈だれかと〉の往復、そしてその芸術実践がいかに広がり、深まり続けているかを丹念に描き出している。日比野克彦という表現者の現在地と、その核を知る、またとない機会だ。
2025年7月24日追記:一部の内容を訂正しました。




















