第2章「線を探る手つき」では、線という表現要素をめぐる日比野の多面的な探求が展開される。彼の作品には初期から文字が頻繁に登場するが、日比野にとって文字はたんなる情報の記号ではなく、「線のかたち」である。1989年に岐阜新聞創刊110周年を記念して制作された《HIBINO EARTH PAPER》では、広告を含む全8ページがすべて日比野の手書き文字で構成され、実際に街中で配布された。
また、2003年の「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」に出品された「明後日新聞」では、新潟の旧校舎を拠点に、日比野が学生らと地域住民を取材して新聞を制作。その際に開発された日比野フォントを用いた記事のレイアウトが、本展では壁紙として再構成されている。

さらに、「線の立体化」として紹介されているのが《DOLLS》(1987)である。人体の線を鉄棒で再構成し、光を当てて影を落とすことで、線を平面から空間へと拡張している。また、利き手と非利き手を同時に使って描く《TESTシリーズ Vol.1 好きになった人》(1996)では、脳から同じ指令が出ていても、手によって異なる線が現れることを視覚化し、線の表現としての奥深さが掘り下げられている。

「訓練されていない非利き手の方が、むしろオリジナルな感覚に近いのではないか」と語る日比野は、身体と素材の関係性を意識的にずらし、そこから現れる予期せぬかたちを楽しんでいるようにも見える。
続く第3章「形を探る手つき―意識の先、制約、指令」では、「かたち」を生み出すプロセスに焦点が当てられる。とくに印象的なのが、2011年に三宅島の海岸で制作された100メートルのドローイングである。波に打たれ、紙が揺れ、筆が思うように動かせない自然環境のなかで、それでも描き続けるという行為は、まさに「制約」から生まれる創造の根源を示している。

また、日比野は「自分に指令を出す」というかたちで制作を始めることが多い。パリ滞在中にパスポートを紛失した際、パスポートが再発行されるまでのあいだ、ホテルの部屋にこもって描かれた「PARIS」シリーズ(29点)や、シベリア鉄道での7日間の旅のなかで描いた100点のドローイングなど、動けないという制約のなかでも「描くこと」に向き合い続けている。


1989年の《SEXOB》シリーズを原点に持つ新作《SEXOB 2025》では、市販の段ボール箱のみを素材に、切って、折って、曲げて、留めるという行為の組み合わせによって無数のかたちが生み出されている。本展ではこの作品を用いた公開制作も行われており、その制作過程そのものがパフォーマンスとして鑑賞者に提示される構成となっている。




















