横尾忠則現代美術館で横尾忠則の「不思議」な世界へ

神戸にある横尾忠則現代美術館で、「横尾忠則の不思議の国」が始まった。本展は、横尾作品の「不思議」な部分に焦点をあて、現実の延長にあるもうひとつの世界をルイス・キャロル作『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』になぞらえて紹介するものだ。会期は12月24日まで。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より

 ルイス・キャロルの不朽の名作『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』。この世界とリンクするように横尾忠則の作品を楽しめるのが、神戸の横尾忠則現代美術館で始まった「Yokoo in Wonderland―横尾忠則の不思議の国」だ。会期は12月24日まで。担当学芸員は平林恵。

 本展は、横尾作品のなかでも「不思議」に焦点を当てたもの。だがこう思う人もいるのではないだろうか。「横尾忠則の作品はすべて『不思議』なのでは?」と。担当学芸員の平林は、この展覧会の成り立ちをこう語る。「当館は横尾の鏡の破片などを使った80年代の作品を所蔵しており、これを見せる構成をまず考えた。そこでルイス・キャロルによる小説『鏡の国のアリス』を起点に、『不思議の国』へと発展させたのが本展だ」。

 会場は、「不思議の国」「鏡の国」「夢の国」の3章構成。横尾が希求し、創り出した「不思議の国」を、1970年代から1990年代を中心とした絵画、版画、ポスター、テクナメーションなど、約150点もの作品で大ボリュームの内容となっている。その世界へとご案内しよう。

展示風景より

 第1章である「不思議の国」は、『不思議の国のアリス』のアリスの冒険がウサギ穴から始まるように、少女が穴から飛びおりているように見える作品《脈絡》からスタートする。なお会場には、ジョン・テニエルによる『不思議の国のアリス』の挿絵が随所に展示されており、これが鑑賞のガイド役になっていることも本展の大きな特徴だ。

 「不思議の国」では、若き日の横尾が関心を寄せた幻の地底王国「アガルタ」から探検小説の洞窟の世界、ジュール・ヴェルヌが描いた海底世界、宇宙、そして死とその向こう側へと物語が展開されていく。アリスという「装置」を通して、現実から「向こう側の世界」へと誘われるかのようだ。なおこのセクションでは、横尾による異界を象徴するように、絵の中の滝が動く「テクナメーション」の作品も一挙に展示されている。

展示風景より、左から横尾忠則《アガルタからの光芒》(1996)、《アガルタからの予感》(1986)
展示風景より、手前は横尾忠則《真実が現実になる時》(1994)
展示風景より、手前がテクナメーション作品である横尾忠則《The End》(1994)

 また、このセクションでは明らかに『不思議の国のアリス』の構図を思わせる作品《Swan Lake》やアリスの挿絵が模写された日記帳も展示。横尾が間接的にでもアリスの影響を受けていたことを推測させる。加えてシュルレアリスムの作家たちを引用した版画も展示されているので、こちらも見逃さないようにしたい。

展示風景より、中央が横尾忠則《Red Wonderland》(1973)

 第2章「鏡の国」は、その名の通り鏡の向こう側を描いたかのような80年代後半の作品が、眩い銀色の部屋に並ぶ。

 鏡の破片のコラージュや鏡文字を多用し、実像と虚像が入り乱れる狂気の世界。ここに展示された作品は、85年のパリ・ビエンナーレやサンパウロ・ビエンナーレに出品されたものが中心となる。横尾が「画家宣言」し試行錯誤するなかで生まれた作品の数々。これらは荒々しい筆致もあいまって、新表現主義(ニュー・ペインティング)の影響も感じさせる。

展示風景より
展示風景より

 半世紀以上にわたり、「夢日記」を綴っている横尾。その夢の記録が、現実と非現実が融合したシュルレアリスム的世界を醸し出し、ヨコオワールドの源泉にもなっているという。

 最終章の「夢の国」のメインとなるのは、1998年に出版された『夢枕ー夢絵日記』。会場ではその42編の絵日記と表紙のために描かれた全43点が一堂に並ぶ。これは横尾忠則現代美術館では初の機会だ。

展示風景より、『夢枕ー夢絵日記』の原画

 なお、横尾忠則現代美術館には建築家・武松幸治が監修した万華鏡のような異空間《キュミラズム・トゥ・アオタニ》が展示室の最後に設置されている。この部屋も今回の展覧会の最後に入ると、まるで「鏡の国」だ。そこから見える外の景色が、鑑賞者を(夢オチのように)現実の世界へと引き戻してくれるだろう。

 ほとんどの作品が横尾忠則現代美術館の所蔵作品でありながら、キュレーションによって見事な「不思議の国」が生み出された本展。様々な「仕掛け」を探るように、この異世界を巡ってほしい。

ここが《キュミラズム・トゥ・アオタニ》

編集部

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