現在87歳。横尾忠則のパワーにはいまなお圧倒されるばかりだ。
2021年に500点以上の作品を一堂に紹介する大規模個展「GENKYO 横尾忠則 原郷から幻境へ、そして現況は?」を東京都現代美術館で開催したばかりの横尾が、今度は102点もの新作を一挙に公開した。それが東京国立博物館 表慶館の「横尾忠則 寒山百得」展だ(12月3日まで)。
あらためて横尾のプロフィールを振り返ろう。横尾は1936年兵庫県生まれ。56年より神戸新聞社にてグラフィックデザイナーとして活動後、59年に独立。唐十郎、寺山修司、土方巽といった舞台芸術のポスターなどを数多く手がけ、69年にパリ青年ビエンナーレ版画部門大賞を受賞。72年にはニューヨーク近代美術館で個展を開催するほどの活動を見せるも、80年7月に同館で開催されたピカソ展に衝撃を受け、「画家宣言」を発表。以降、画家としてニュー・ペインティングととらえられる具象的な作品を制作するようになる。洞窟や滝といった自然風景から、街中の「Y字路」を描いたシリーズ、俳優、ミュージシャンといったスターたちの肖像画まで、多様な作品を手がけることでも知られている。
そんな横尾が新たにスタートさせたのが、「寒山拾得(かんざんじっとく)」をモチーフにした新シリーズだ。2019年から取り組んできたこのシリーズだが、今回展示されている102点は、21年9月から23年6月までの期間で制作された本展のための未発表の完全新作だ。
そもそも寒山拾得とは、中国・唐の時代に生きたふたりの伝説の風狂僧、寒山と拾得を指す。寒山は巻物を、拾得は箒を持った姿をしており、禅宗における悟りの境地と表裏一体である「風狂」の境地を体現する存在として、歴史的に数多く描かれてきた。
横尾は70年代に曾我蕭白が描いた寒山拾得図に出会っており、そこから興味を抱き続けてきたという。しかしなぜここまで膨大な数へと発展したのか。その理由について、横尾は本展開催前の記者会見においてこう語っている。
「テーマに『拾(十)』の数字が入っているが、そのままではつまらないので『百』にしようと提案したものの、86歳で100点ものシリーズを描くという負荷を自分で自分にかけることになってしまった(笑)。そのため、目的も大義名分も捨て、まるでアスリートのような勢いで挑戦をした。自分の様式を捨てて、寒山拾得のように多様性を持たなくてはと考えた」。
本展では、日本や中国においても伝統的な画題でもある寒山拾得を横尾が独自に解釈。箒に乗った寒山やトイレットペーパーの巻物を持った拾得、あるいはアルセーヌ・ルパンやエドガー・アラン・ポー、AIやロボットをモチーフにしたものなど、あらゆる世界を縦横無尽に駆け巡るような、時空を超えた物語が紡ぎ出されている。
作品名は描かれた日付となっており、各作品に解説はない。横尾自身が自由に描いたこれらの作品は、鑑賞者も自由に見て、解釈することが可能だ。
今回の横尾忠則展は、東博の歴史上、初の現存作家の個展となっている。担当キュレーターの松嶋雅人(東京国立博物館学芸研究部調査研究課長)は、「令和の時代になり、寒山拾得のような生き様がまた必要とされているのではないか」と語っており、東博が所蔵している「寒山拾得」と横尾の新作を接続することで寒山拾得の精神の自由をあらためて提示し、歴史的な絵画史の文脈をも更新したい考えを示している。
横尾忠則の作品群を見た後は、関連展示として開催されている東博本館の特集展示「東京国立博物館の寒山拾得図」(〜11月5日。展示替えあり)で絵画史に残る寒山拾得の姿にも触れてみてほしい。