テートのコレクションから「光」をテーマに厳選された作品を紹介する展覧会「テート美術館展 光 — ターナー、印象派から現代へ」が、東京・六本木の国立新美術館で開幕した。
本展は、2021年に開館した浦東美術館の開館記念展として上海で初めて開催された後、ソウル、メルボルン、オークランドで巡回開催されてきたもの。日本は最終会場となり、国立新美術館での開催後、今年10月末には大阪中之島美術館へと巡回する予定だ。
このシリーズ展を担当したテートのアシスタントキュレーターであるマシュー・ワッツは「美術手帖」の取材に対し、各展覧会の主な出品作品は変わらないが、それぞれは各地の観客層に合わせてつくられているとしている。今回の日本展は、「おそらくこれまででもっとも拡大されたバージョン」だという。
本展では、18世紀末から現代までの約200年間に制作された約120点の作品が緩やかな時系列に沿って一堂に公開。また、各章(第3章と第4章を除く)で2000年以降につくられた作品が様々な時代の作品とともに展示されているのも特徴のひとつだ。
例えば、「精神的で崇高な光」をテーマにした第1章では、光るものがつくられた天地創造の4日目を主題としたジョージ・リッチモンドの《光の創造》(1826)や、神の威厳や権威を表現したイギリスの画家ウィリアム・ブレイクの《アダムを裁く神》(1795)など強い神秘性や宗教性を持つ作品が、卵形の外観を有し内側は滑らかで光沢のあるアニッシュ・カプーアの記念碑的な彫刻《イシーの光》(2003)と同じ空間で展示。こうした意図についてワッツは、「アーティストたちが、時代を超えて同じようなアイデアを、異なるメディアを使って語っている。(現代の美術を展示することは)観客に開放し、より身近なものにする方法だ」と話している。
先行巡回展で展示された作品に加え、本展ではエドワード・バーン=ジョーンズ、ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラー、マーク・ロスコ、ジュリアン・オピー、ゲルハルト・リヒターなどによる12点の作品が日本限定で展示。その選択基準についてワッツは、「日本の鑑賞者がこれらの作品にどのように反応するか」を考えてセレクトしたと説明している。
移りゆく自然の光が特徴的なイギリスの風景画やフランスの印象派を紹介する第2章「自然の光」では、ジョン・コンスタブルの《ハリッジ灯台》(1820頃)をはじめ、ジョン・ブレットやクロード・モネ、カミーユ・ピサロなどの作品を紹介。
浮世絵をはじめとする日本美術から大きな影響を受けたジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラーの《ペールオレンジと緑の黄昏─バルパライソ》(1866)は、日本展で初めて出品された作品のひとつ。同作についてワッツは、「日本にとって印象派がいかに重要であるか、また西洋の芸術家たちに日本美術がいかに影響を与えたかを考えたうえで、ホイッスラーも同章に展示することが本当に重要だ」とし、「このような文化交流を展覧会で表現し、その歴史を確実に伝えようとしたかった」と述べている。
こうした文化交流を表した好例には、電球や広告の出現に伴い光との新たな関係性を探る第6章「光の再構成」に展示された、本展限定出品のジュリアン・オピーのデジタルプリント3点もある。都会の人工的な灯りや田園風景の自然光をとらえたこれらの作品は、オピーの連作「8つの風景」(2000)から出品されたもの。8つの風景を組み合わせた「八景」は、中国や日本でも古くから伝えられてきた風景評価の様式であり、東洋文化と作家との影響関係をうかがうことができるだろう。
そのほか、ワッツは本展の開幕に際していくつかの注目作品を紹介。ひとつは、歴史的・近代的な作品のセクションから現代的な作品のセクションへと移行する第5章「色と光」で展示された、ロサンゼルスを拠点に活動するアメリカ人アーティストであるペー・ホワイトのインスタレーション《ぶら下がったかけら》(2004)。482本の糸とスクリーン印刷された紙片からなり、天井からぶら下げるこのインスタレーションは、「靴箱の大きさにまとめて次の展覧会まで持ち運ぶことができる」ものであり、ボリュームや知覚の本質、私たちがどのように周囲の世界を体験しているのかを探求している。
知覚への探求に共通している作品には、第6章で展示された本展の目玉作品のひとつ、ジェームズ・タレルの《リーマー、ブルー》(1969)もある。1960年代から光と色を純粋に表現してきたタレルの「シャロウ・スペース・コンストラクションズ」シリーズにおいて最初期の作品だ。壁の後ろに設置されたLEDライトから青い光が放射され、展示室の奥の壁が浮かんでいるように見えつつ、鑑賞者を色が支配する空間全体に包み込む。
展覧会の後半に展示された、色鮮やかなライトボックスを用いたデイヴィッド・バチェラーのインスタレーション《ブリック・レーンのスペクトラム2》(2007)や、夢のなかに出てくる回廊のように広がるブルース・ナウマンの《鏡と白色光の廊下》(1971)、ミニマリズム美術家ダン・フレイヴィンの代名詞とも言える蛍光灯の作品《ウラジーミル・タトリンのための「モニュメント」》(1966-69)など数々の名作を経て、本展の最後ではオラファー・エリアソンの《星くずの素粒子》(2014)が美しく輝いている。
ガラス製の球状多面体を鉄骨フレームの多面体のなかに埋め込み、天井から吊り下げられたこの半透明の作品は緩やかに回転してミラーボールのように輝き、展示空間に美しい光を投げかける。鑑賞者は反射光に満たされた空間に身を置くことで、自らの行動がどのように世界に作用するのかを意識することができる。
2014年にパリのフォンダジオン・ルイ・ヴィトンでの個展「コンタクト」に初めて出品されたこの作品でエリアソンは、鑑賞者が作品の意味づけそのものに入り込むことを、社会的な接触や交流を促すコンタクトの一形態としてとらえ、コンタクトは「包摂の始まり」だとしているという。
ワッツは、「このことは、人々を結びつける媒体としてのアートというアイデアを探求したい観客のために、私たちがどのように作品を選んだかという根本的な考え方に通じている」と話す。「そして願わくば、この展覧会、そして今日のアートの力にとって、前向きなメッセージであってほしい」。