手塚治虫の群衆表現から、160台のスピーカーによる音響空間まで
手塚治虫を取り上げる展示では、マンガのなかに描かれた群衆表現に焦点が当てられている。

手塚がアシスタントに任せず、自ら描いていたという群衆の場面を拡大し、透け感のあるオーガンジー素材に印刷して展示。布はのれんのように垂らされたものもあり、鑑賞者はその間を通り抜けながら、作品世界の群衆のなかに入り込むような体験ができる。
通常は小さなコマとして目にする場面を大きく引き伸ばすことで、描線の細部や人物一人ひとりの表情なども浮かび上がる。物語を追う際には背景として受け止められがちな群衆に改めて目を向けることは、個人と集団の関係、そしてそのなかにいる自己を見つめ直すことにもつながっている。

視覚だけでなく、聴覚を通じて身体への働きかけを試みるのが、サウンドアーティストのevalaだ。展示されるのは、160台のオリジナルスピーカーを用いたサウンドインスタレーション《Sprout "Coloratura"》(2026)。空間のなかで立つ位置や身体の向きによって、音の聞こえ方が変わるように構成されている。
作品にはソプラノ歌手・田中彩子の声が用いられている。音楽的な旋律だけでなく、ノイズのように聞こえる音も人間の声から生み出されたものであり、通常の楽譜には記しきれないような声の表現が含まれているという。音を聞くために身体を動かすと、その移動によってまた音の聞こえ方が変わる。音を受け取るだけでなく、音に身体が導かれるような経験が生まれる。

社会のなかにある価値の仕組みに目を向けるのが、Ideal Copyによる《Channel: Money》(2026)だ。会場には100万円分の100円硬貨が並べられている。日常生活で流通し、ものやサービスと交換される貨幣が、ここでは作品として展示されている。
100万円という金額は数値として理解できても、それが100円硬貨の集積として目の前に現れるとき、私たちが抱く金銭のイメージと物質としての貨幣との間には、ある種の隔たりが生まれる。また、硬貨は作品として展示されることで、通常の経済的な流通から切り離されている。
キュレーターの渡邊は、強い光の反射によって硬貨そのものが見えにくくなる様子について、デジタル貨幣が普及する現代の状況とも重ねて説明した。貨幣の実体が見えにくくなるなかで、私たちは何を価値として受け取っているのか。身近な金銭の存在を通して、その問いが提示されている。

内モンゴル出身のアーティスト、Ryu Ikaは、移動や祈り、帰属をめぐるインスタレーション《Precious promise》(2026)を展開。
作品には、モンゴルの伝統的な信仰や風習から着想を得た青い布が鉄骨に巻き付けられている。外側の各所で上映される映像では、ものの移動、移民、そして人々の居場所をめぐる問題を提起。内部には洞窟を思わせる空間も設けられ、金属のレリーフが配されている。会期中にはパフォーマンスを通じて青い布が増えていくことが予定されており、展示そのものが時間とともに姿を変えていく。
こうした7組の作品に加え、本展ではカナキティ、QUICK|福井貴彦、contact Gonzo、ソー・ソウエン、ハラサオリ、涌井智仁の6組によるパフォーマンスも実施される。森山は、視覚的な作品の鑑賞にとどまらず、身体的かつ能動的に展示へ踏み込む経験を重視したという。
作品を見ること、音を聞くこと、身体を動かすこと。その複数の経験を行き来することが、「REFLUX たちのぼる兆し」を読み解く手がかりとなる。



















