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第17回芸術評論募集【次席】久保田荻須智広「返済不能な作品たち──その死の設計へ向けて」【4/5ページ】

ふたたびアトリエへ:延命義務からの離脱

 保存修復家の立場から見ると、作品の「死」は本来、例外的なスキャンダルではない。現代美術の制作・展示・保存をめぐる対話や教育活動を行う非営利団体VoCA(Voices in Contemporary Art)のブログに掲載されたインタビューで、ボストン美術館(MFA)の保存修復家フラヴィア・ペルジーニ(Flavia Perugini)は、短命な素材であっても保存の責務は変わらず、できるかぎり劣化を遅らせる努力を続ける、と述べる(*22)。だが同時に、全面的なつくり直しは保存修復家が作家に成り代わって判断することになりうるため、安易に踏み込めないとも語る。部分的な交換や再接合のような介入は、作家との合意と指示があって初めて正当化されるのであり、そのためにアーティストへのインタビューが必要になる。そもそも作家自身が制作時点では「終末」を十分に想定していないことも多いからだ。では、その想定を制作の内部に組み込むことは可能だろうか。

 ここで問題になるのは、作品が完成した物体として一度きり保存されるのではなく、再展示・再設置・再実行のたびに別のかたちで成立しうるという、現代美術の存在様態そのものにある。インスタレーション、マルチメディア、パフォーマンスは、反復される実践の集まりとして捉え直され、同一性は素材の固定ではなく、指示・条件・手続きといった実行の枠組みによって支えられる。それはしばしば「作品」と「作品についての情報」を大きく分けることが難しく、作品の周辺にあるドキュメントが付随物としてではなく作品そのもの、あるいはその一部であるといってもよい。であるならば、そうしたドキュメントの束をどのように捉え、制作の内部にどう位置づけるべきなのか。この問いに応答するために、保存修復理論における近年の議論を参照したい。

 保存修復理論家のハンナ・ヘーリング(Hanna Barbara Hölling)は、変化を内在する現代美術作品を「アーカイブとしての作品(artwork as an archive)」として捉え直すことを提案している(*23)。ヘーリングによれば、作品のアーカイブは二つの領域から成る。ひとつは「物理的領域(physical sphere)」であり、作品によって生み出されたすべての文書、残留物、有形素材を含む。もう一つは「仮想的領域(virtual sphere)」であり、作品の形成過程に関わったすべての関係者の暗黙知、技能、記憶を内包する(*24)。重要なのは、アーカイブが作品の「付随物」ではなく「構成要素」として位置づけられる点である。アーカイブに基づいて制作された作品のその後の現れが、今度はアーカイブに組み込まれそれを変容させるため、アーカイブは作品の将来の形態へ向けた動的な存在として進化する。この理論的構築は、作品が変化する可能性と必然性を包含している。

 ここでヘーリングが強調するのは、作品の「完全性(integrity)」や「真正性(authenticity)」ではなく、「アイデンティティ(identity)」の維持である(*25)。完全性や真正性は、作品が損なわれておらず本来のままであることを前提とするが、変化を内在する現代美術作品においてこの前提は成り立たない。アイデンティティは変化しうるものであり、それを規定する規則もまた変化しうる。とすれば、作品の存続において問われるのは、ある固定された状態への回帰ではなく、変化のなかでアイデンティティを維持し続けられるかどうかという点である。アガ・ヴィエロチャ(Aga Wielocha)はヘーリングの議論を引き継ぎ、作品に関わるドキュメンテーションが「付随情報」ではなく作品そのものの構成要素であると主張している(*26)。作家の指示書、制作プロセスの記録、ステートメント、契約文書、インタビュー、展示記録──こうしたドキュメントの束は、ドゥルーズとガタリの「リゾーム」のように始まりも終わりも中心もなく、相互に接続し合いながら作品のアイデンティティを支える。作品の死とは、物質的な消滅ではなく、このアイデンティティを維持管理し続けることができなくなる地点として再定義される。

 ここで強調しておかなければならないのは、本稿が提案するのは保存修復の技法書ではないという点である。アーティストが保存修復の議論をある程度引き継ぎ、技術的な手続きとしてアーカイブを作成していくことは、自作を後世に残す可能性を高め、作品の構成要素を再認識するきっかけともなるだろう。しかし、本稿が主張したいのは、そうしたメソッドの習得ではない。むしろ、作品を「完成された物体」から「継承される関係の束」へと捉え直すこと──その視座の転換そのものが、ここでの提案の核心である。保存修復や博物館学の領域では、作品を可能なかぎり延命することが目指される。しかし、作品継承の困難さを解消しようとするその膨大な作業にも限界がある。本稿が目指すのは、その限界を前提としたうえで、作品の負債性に改めて意識を向けることである。

 アーカイブの作成によって、作品の相続のしやすさは格段に上がるだろう。判断の条件が言語化され、変更可能な範囲が示され、暗黙知の伝達が試みられることで、引き受け手の負担は確かに軽減される。しかし、その管理負担という負債を──アーティストも、その遺族も、学芸員も、保存修復家も──いくら工夫をして分担しようとしても、完済することは叶わない。負債は担い切ることができないのだ。ヘーリングが指摘するように、作品の存続において問われるのは「アイデンティティ」の維持である。とすれば、問題はアイデンティティをいつまでも維持し続けることではなく、どの地点でその維持を止めるのかという判断を、誰が、どのように下すのかにある。

 だからこそ、アーカイブには「何を守るか」だけでなく、「どの地点で守らなくてよいか」「どの条件が満たされなくなったとき、この作品は生を終えてよいのか」という「終末条件」をあらかじめ書き込む余地が必要になる。これは、返済不能な負債を抱え続ける無限延命の競争から降りるための、アーティストによる延命義務からの離脱である。たとえば、特定の素材や部材が入手不能になった場合、作家の立ち会いが不可能になった場合、あるいは再展示に要する判断主体が不在になった場合──そうした条件が満たされたとき、作品を無理に延命しないという選択肢を明示すること。それは作品を軽んじる行為ではなく、負債として無限に引き継がれ続けることを拒否するための、積極的な制作上の判断である。終末条件をアーカイブに組み込むことで、作品は初めて「背負える大きさの負債」として他者に手渡されうる。

 この問題は、美術館や大学といった公的制度における管理の話にとどまらない。むしろ、作家の死後、最初に作品と向き合うことになるのは、保存修復や美術制度に通じた専門家ではなく、遺族や身内といった、ごく私的な関係にある人々である場合が多い。制作の背景や判断の前提を共有されないまま、作品だけが残されたとき、それらは鑑賞の対象である以前に、扱い方のわからない負担として立ち現れる。アーカイブに終末条件や判断の範囲を書き込むことは、制度への配慮であると同時に、専門的な判断を担えない人々に過剰な責任を背負わせないための、一種の遺言でもある。負債を完全に消し去ることはできないし、その必要もない。しかし、何が引き継がれ、何が引き継がれなくてよいのかが示されていれば、負債は少なくとも「背負える大きさ」に調整されうる。作品の死を設計するとは、制度のために作品を整理することではない。身近な他者が判断不能な重荷を抱え込まないよう、制作の段階で関係の限界を引いておくことなのである。

 ここで述べてきたアーカイブは、完成されたマニュアルや公式文書ではない。むしろそれは、作品が他者へと手渡されるたびに更新されうる、未完の書類である。作家がすべてを管理し続けることはできないし、すべきでもない。だが、判断が完全に宙吊りになる地点を減らすための足場を、制作の内部から差し出すことはできる。アーカイブを作品の一部として内部化したうえでの制作とは、保存管理の責任を一身に引き受けることではない。判断が他者へと移行する条件を設計すること、すなわち相続を前提とした制作態度を、作品の構成要素として組み込むことである。その態度こそが、「作品の死の設計」を制作実践として引き受ける最初の一歩となる。

*22──Cf. Tyler Wu, "When Art Dies," VoCA (Voices in Contemporary Art), May 30, 2019。https://voca.network/blog/2019/05/30/when-art-dies/(最終閲覧日:2026年1月10日)
*23──Hanna Barbara Hölling, "The Archival Turn: Toward New Ways of Conceptualising Changeable Artworks," Acoustic Space , vol.14, 2015, pp.73–88. ヘーリングはメディア・アートの文脈でこの概念を提唱したが、本稿で扱う現代美術一般にも適用可能であると考える。
*24──Hölling 2015, p.86.
*25──ヘーリングは、「完全性」(integrity)という概念がピップ・ローレンソンによってタイムベースト・メディア・アートの保存に導入されたことを指摘しつつ、変化を内在する作品においては「損なわれていない」「完全な」状態という前提そのものが成り立たないと論じている。Hölling 2015, 75頁参照。
*26──Aga Wielocha, "Collections of(An)archives: Towards a New Perspective on Institutional Collecting of Contemporary Art and the Object of Conservation," in Renée van de Vall and Vivian van Saaze(eds.), Conservation of Contemporary Art , Springer, 2024, pp.259–279.

編集部

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