アトリエにて:制作における相続と死の設計
世界的に美術館がすでに収蔵の限界を迎えていることは前章で示した通りである。そうであるなら、個々の作家が自作を保管する条件がさらに脆弱であることも容易に推測できる。専門的な人員と設備を備えた機関でさえ作品を抱えきれない現状において、一人の作家が自作を抱え続けることはなおさら困難である。作品はしばしば、いずれどこかの「適切な」収蔵の場へ移ることを前提に考えられがちだが、それまでのあいだは作家の手元で滞留する。その間、別途の保管庫を持たなければ、アトリエの制作空間は過去作に占拠されていく。作品によっては巨大な木箱やコンテナに入って積み上げられ、重なり、容易に取り出せない状態になる。しかも夏季の高温多湿をはじめ、年間を通じて温湿度の変動が激しい日本の気候下では、温湿度管理の不備が劣化に直結する。温湿度管理の整った保管環境を個人の作家が維持できる例は限られ、光熱費、場所代、輸送費、 人件費といった直接のコストに加え、 状態を点検し、修理の要否を判断し、次の受け渡しを見越した調整にも時間が割かれる。キャリアを重ね、より大規模なプロジェクトや空間に関わるほど、作品が評価され残り続けることそれ自体が、時間と空間と判断を要求し続ける「負債」として振る舞いはじめる。
作品のケアやメンテナンスは二次的なものとして後回しにされがちであり、それ自体が作家のキャリアを押し上げることはほとんどない。結果としてアトリエには「いつか整理すべきもの」が増え続け、先送りはたんなる滞留ではなく、劣化、所在不明、部材欠落、再展示不能といった別の負荷へと変換されていく。前章で述べた「複利」の感覚は、制度の外部ではなく、むしろ作家の手元で最初に発生している。こうした状況は、たんなる管理不足だと言われれば、それまでかもしれない。だが、作品の管理に要する負担は一様ではない。素材やサイズ、構造、そして再設置や更新の前提によって、その手間とコストは大きく異なる。たとえば、保存修復の知見や運用の慣習が比較的蓄積され、保管や移動の手続きが定型化しやすい形式もあれば、複合素材・可変性・再演/再設置を前提にする形式のように、作品の同一性や判断の境界が曖昧になりやすいものもある(*15)。後者においては、制作の自由が拡張されるほど、後から引き受ける側の判断負担も増えやすい。つまり、制作の自由と引き受けの負担は、しばしば同じ地点で衝突する。ゆえに、この問題は管理ができない作家の落ち度としては回収しきれない。
こうした問題を具体的に考えるために、ひとつの事例を参照したい。トーマス・ヒルシュホルン(Thomas Hirschhorn)によるインスタレーション《Doppelgarage》(2002)は、400点以上の部品を梱包用テープで接合した大規模な作品である(*16)。2016年に行われたミュンヘンのピナコテーク・デア・モデルネ(Pinakothek der Moderne)での再設置は、詳細な記録に基づき作家の参加なしに行われた。しかし保存修復士のマイケ・グリューン(Maike Grün)は、記録がどれほど詳細であっても、テープの貼り方に関する手の順序や力加減といった身体化された技術──いわゆる暗黙知(tacit knowledge)と呼ばれるもの──がなければ再現は不可能だったと報告している。記録可能な情報だけでは、判断は継承できない。さらに興味深いのは作家自身の反応である。ヒルシュホルンは再設置を見て当初は喜んだが、直後に「理解していない」と細部を批判した。ところが記録写真を確認すると、批判された箇所はすべて、かつて作家自身が設置した状態と一致していた。作家の記憶や評価基準もまた変容する。判断の最終的な拠り所と見なされがちな「作家の側」さえ時間のなかでずれていく以上、引き継ぎの準備は記録の整備にとどまらず、判断の権限や更新の規則、技能の受け渡しまで含めて設計されねばならない。
パフォーマンス・アートの保存においても、同様の困難が報告されている。テートの保存修復チームは、2016年以降、パフォーマンス作品の記録と保存のための戦略を体系化してきた(*17)。彼らが直面したのは、指示書(instruction)に基づく作品であれば従来の記録手法で対応できる一方、身体化された知識や暗黙知に依存する作品では、記録可能な情報だけでは継承が成り立たないという問題だった。たとえばケヴィン・ビーズリー(Kevin Beasley)の《Your Face Is/Is Not Enough》(2016)では、作家と雇用されたパフォーマーとのあいだで行われるリハーサル──テートでは「ワークショップ」と呼ばれる──が、作品の伝達において不可欠な役割を果たしていた。そこで交わされるのは言語化された指示だけでなく、身振りや発声、マスクの扱い方、さらには観客や地域コミュニティとの関係性に関する対話であり、ダイアナ・テイラーの言う「レパートリー」としての実践知であった。テートはこの経験を通じて、記録の目的を「消失の防止」から「可視性とアクセス可能性の変化の追跡」へと再定義し、作品が「休眠状態(dormant)」と「活性状態(active)」のあいだを移行しうるものとして捉え直した。
判断と技能の所在が揺らぐ以上、こうした継承の設計は誰が担うべきなのかが問題になる。事例が示すように、作家が関与することは必ずしもメリットだけをもたらさない。作家は保存修復や作品管理の専門家ではなく、時間とともに記憶や評価基準さえ変容する。しかし同時に、作品の核心──何を守り、何が変わってもよいのか──をもっとも深く理解しているのもまた作家である。《Doppelgarage》のような複雑な作品において、作家がまったく関与しないまま継承を進めることは現実的に難しい。だが、関与すれば万全かといえば、そうでもない。作品を残すことは、作家自身にとっても見通しきれない困難を含んでいる。そうした困難にもかかわらず、多くの作家は、自身が制作した作品を後世に残したいと考えている。美術館などの公共施設に収蔵してもらいたいと願い、ときには金銭的な見返りを求めずに寄贈することさえある。こうした贈与の行為は、無償であるように見えながら、関係を保ちたいという欲望と切り離せない。だがこの関係は、しばしば「残す」という意志だけが先行し、引き継ぎの条件が言語化されないまま延長される。作品が作家の手を離れるとき、それは制作の成果である以前に、管理と判断を要請する存在へと変わる。ここで本稿が問うのは、作家が制度を代行してその責任を背負うべきかどうかではない。むしろ、作品が移動し、関係者が入れ替わる局面で、判断の所在が消えて宙吊りになる地点を減らすために、制作の側からどのような条件を差し出せるかである。作家の関与は、制度を補完することではなく、関係の持続を設計する試みとして再定位できるのではないだろうか。
では、具体的に何を設計すればよいのか。問うべきは、作品がどこへ行くかではなく、誰が、どの段階で、その作品を引き受ける準備をしているかである。準備とは善意ではない。後から別の主体が判断できる状態をつくることだ。しかし《Doppelgarage》が示したように、記録だけでは継承できない技術や判断もある。だからこそ、設計すべきなのは「すべてを記録すること」ではなく、何が伝達可能で、何が立ち会いや訓練を要し、どこで判断が必要になるのかという輪郭である。
こうした輪郭の提示は、たんなる情報整理ではなく、制作の態度として実装される。作品の死の設計とは、管理を効率化するための技術ではない。それは、作家が自作とともに生き、やがてそれを他者へ引き渡していく過程において、どのような関係を残し、どのような負担を残さないのかを選び取る態度にほかならない。では、この態度はどこで、どのように学ばれるのか。制作教育が厚いはずの美術大学の現場で、作品の「その後」はどのように扱われているのだろうか。
*15──この2つの分類は、次章の美術教育の現場から分析される「技法特化型/コンセプト主導型」という分類を先取りするものである。
*16──本事例の記述は以下の論文に基づく。Maike Grün, "Reinstalling Thomas Hirschhorn's Doppelgarage(2002):Bridging Gaps Between Theory, Practice and Emotion in the Preservation of Installation Artworks," in Renée van de Vall and Vivian van Saaze(eds.), Conservation of Contemporary Art , Springer, 2024, pp. 187–202. グリューンは本作の保存修復を担当した当事者であり、2016 年の再設置過程を自己民族誌的に記録している。
*17──Louise Lawson, Duncan Harvey, Ana Ribeiro, and Hélia Marçal, "The Living Process of Conserving Performance: Theory and Practice in the Conservation of Performance-Based Artworks at Tate," in Renée van de Vall and Vivian van Saaze(eds.), Conservation of Contemporary Art, Springer, 2024, pp.315–339.



















