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パンデミックで露呈する監視システム:!メディアングルッペ・ビトニックの活動から考えるポストコロナ時代の自由

新型コロナウイルスの影響で、平時では行われないような個人の健康、身体の監視と検査が広がる今日。このウイルスによって様々な監視システムが次々と露呈したが、それを無自覚に受け入れてしまっている人も少なくないだろう。この現況を危ぶみ、今日は政府による管理システムやサイバーセキュリティなど、インターネットに関わる様々な社会問題を主題とするアーティストデュオ「!メディアングルッペ・ビトニック」を取り上げたい。社会学者の毛利嘉孝がその活動を論じ、ポストコロナ時代の自由を考える。

文=毛利嘉孝

!メディアングルッペ・ビトニック Delivery For Mr. Assange 2013

 新型コロナウイルス感染拡大防止のために、3月から5月にかけて予定されていた展覧会の多くが延期や中止を余儀なくされた。京都のLaboratory of Art and Form(LOAF)で開催される予定だった「!メディアングルッペ・ビトニック展」もそのひとつである。この展覧会は、第1部と第2部に会期が分かれ、第1部ではこれまでの代表作、第2部では新作が発表される予定だったが、第2部はすべて中止になってしまった。じつは私は、第2部の会期中に彼らとのアーティストトークを予定していたが、来日がかなわずこれも中止になってしまった。本稿では、遠くない将来に展覧会というかたちで日本でも新作が見る機会があることを期待しつつ、第1部の会期で紹介された!メディアングルッペ・ビトニックのこれまでの作品を中心にその活動を紹介しよう。

 !メディアングルッペ・ビトニックは、チューリッヒとロンドンを拠点に活動するスイス人のデュオ。インターネットに代表されるデジタルメディアの発達が、政治や社会、私たちの生活にどのような影響があるのか、とくにデジタルメディアのダークサイド──過度な監視技術がもたらす管理社会の拡大、盗聴や盗撮など違法な技術、ダークウェブと呼ばれる闇サイトなど──とそれに対抗するアーティスト側からの実践的な介入をテーマとしている。​

​プライバシー、通信の秘密は守られるのか?

!メディアングルッペ・ビトニック Delivery For Mr. Assange 2013
!メディアングルッペ・ビトニック Delivery For Mr. Assange 2013
!メディアングルッペ・ビトニック Delivery For Mr. Assange 2013

​​​ !メディアングルッペ・ビトニックの活動を一躍有名にしたのは、2013年1月16日~17日に行われた《Delivery For Mr. Assange》と題されたインターネットを使ったパフォーマンスだろう。この作品は、その当時ロンドンのエクアドル大使館に身を寄せていたウィキリークスの創始者ジュリアン・アサンジに対して小包を送り、それが実際にどのように届けられるのかを示そうとしたネット上のライヴパフォーマンスである。小包には位置情報を示すGPSが入れられ、小包の外側の様子を映し出す小型カメラが装備された。

 この頃アサンジは、政府や企業の機密情報を次々と公開するウィキリークの中心的な存在として多くの政治告発を受けていた。さらに、個人的にも性的暴行容疑をかけられていた。そのためにアサンジは、反米的姿勢を示していたエクアドルに亡命申請し、大使館にほとんど身を隠すように留まっていたのである。エクアドル大使館に滞在するアサンジは、高度な外交問題となっており、外部との接触には政府も警察も神経を尖らせていた。!メディアングルッペ・ビトニックのプロジェクトは、このアサンジ宛に小包を郵便局に投函し、その後2日間にわたって小包の状況を自らのウェブサイトとTwitterで配信し続けるというものだった。

 はたして、小包は無事アサンジのもとに届けられるのか。届けられるあいだにどのようなチェックがなされるのだろうか。途中で「検閲」が行われるのだろうか、あるいは「破棄」されてしまうのだろうか。このライヴパフォーマンスは、郵便という古典的な通信システムにおける基本的人権、プライバシー、報道や通信の自由、検閲、外交など複雑な関係を問い直すものだったのだ。

 結局、小包は何千人ものネットユーザーが見守るなかで32時間かけて無事アサンジのもとに届けられた。とはいえ、実際に小包に仕掛けられたカメラが配達中に伝えた視覚情報は少なく、どのようなチェックがなされたのか判断することは難しい。真っ黒な映像のなかには奇妙な緊迫感が漂っている。この様子は、のちに10分あまりの2チャンネルの映像インスタレーション作品に編集され、今回のLOAFの展示でも彼らの代表的な作品として第1部で紹介された。5月27日現在、ウェブ上でも公開されているので興味のある人はぜひ見てほしい。

空間をハッキングすること

!メディアングルッペ・ビトニック Opera Calling 2007 LOAFでの展示風景 Photo by F.Frenkler
!メディアングルッペ・ビトニック Opera Calling 2007 LOAFでの展示風景(2020) Photo by F.Frenkler

 《Delivery For Mr. Assange》からわかるように、!メディアングルッペ・ビトニックのプロジェクトは、比較的ローテックな通信技術を用いて、通常ではアクセスできないような場所に侵入したり、メディアをハッキングしたりするものだ。彼らはこのことを通じて、私たちを取り巻く社会やメディア環境の問題を明らかにしようというのである。

 こうした手法は、彼らの初期のプロジェクト《Opera Calling》(2007)でも見ることができる。この作品は、チューリッヒのオペラハウスに多くの盗聴マイクをしかけて、中で演奏されている楽曲を無作為に選ばれた市民に電話を通じて聴かせようというものである。コンピュータがランダムに選択した電話番号に次々と電話を繋ぐというこのライブパフォーマンスは、4363件に電話をかけ、約90時間の演奏を中継した。

 当初このプロジェクトは事前の許可を取らずにゲリラ的に始まった。パフォーマンスを知った劇場側は当初盗聴マイクを探し出し、法的処置を取ろうとした。けれども、その後テレビで報道され話題になった後は対応を再検討し、これをアーティストのパフォーマンスと認め、このプロジェクトを継続させた。

 プロジェクト後に彼らは、電話を受け取った一家族の反応の録音を再編集した映像作品を手がけた。ここで聞くことができるのは、一般の人々のオペラハウスやオペラの観客に対する反応である。オペラハウスには多額の税金が投じられているにもかかわらず、チケットは高額であり、観客の圧倒的多数は富裕層に限られる。彼らのプロジェクトは、メディアを通じた芸術の民主化であると同時に、階級と趣味、文化による階級の分断の問題を露わにしようとするものだった。

!メディアングルッペ・ビトニック Surveillance Chess 2012
!メディアングルッペ・ビトニック Surveillance Chess 2012
!メディアングルッペ・ビトニック Surveillance Chess 2012

 《Surveillance Chess》(2012)は、監視が持つ権力関係、「見るもの」と「見られるもの」の一方的な関係を、双方的な関係へと変容させるとともに、監視システムの脆弱性を示す作品である。ここで彼らがターゲットにしたのは、街角に配備されている監視カメラである。とくに、このプロジェクトが行われたロンドンには、50万台もの監視カメラが街中に配備されているといわれる。テロに対する厳戒体制が取られたロンドン・オリンピックでは、都市をさながら要塞都市へと変貌させた。

 同作は、こうした監視カメラをハッキングし、監視されている対象の映像の代わりにモノクロのチェスの画面を送信することで、監視人にチェスの試合を誘うというものだ。私たちの生活が知らないうちにいかに監視カメラに取り囲まれてしまっているかを可視化する作品である。それは、ユーモラスな手つきで一方的に受動的な監視対象に閉じ込められている私たちを、能動的な権力の監視者に変えていく試みといえるだろう。

コミュニケーション資本主義の暗部に光を当てる

!メディアングルッペ・ビトニック Random Darknet Shopper 2014〜16
!メディアングルッペ・ビトニック Random Darknet Shopper 2014〜16

 《Delivery For Mr. Assange》の後に行われた《Random Darknet Shopper》(2014〜16)というプロジェクトは、「ダークネット」と呼ばれるインターネットの闇サイトとギャラリーを直接結びつけようという試みである。ダークネットは、通常Googleなどで検索してもアクセスできない独立した領域だが、インターネットの発達に伴って大きな広がりを見せている。そこでは、非公開の個人情報や機密情報が保管されているとともに、犯罪に関わる情報やネットワーク、そして非合法の商品が売買されている。

 このプロジェクトは、ビットコインを使った自動取引を行うライブメールを用いたアート作品である。彼らは「ショッピングbot」という自動購入ツールに毎週100ドル程度のビットコインをチャージし、それを使ってダークネットで売られている闇商品をランダムに購入、美術館やギャラリーに送付させたのである。闇商品には、麻薬や武器、偽ブランド商品や偽証明書などが含まれている。注文したものの、実際には商品が送られなかったり、途中で税関などに没収されたものも少なくない。無事配達された商品は、写真撮影を行ったうえでそのまま警察に届けたという。

 !メディアングルッペ・ビトニックは、ダークネットがたんにインターネットの暗部であるだけではなく、むしろいまのネット社会において本質的で不可避の領域を形成しつつあることを示そうとしたのだった。このプロジェクトは、最初にスイスのザンクト・ガレン美術館で2014年から15年にかけて行われ、その後ロンドンやリュブリャナでも行われた。LOAFでは、このプロジェクトによって売買された商品の写真とともに配送の顛末の短い紹介をする映像作品が展示された。

ポストコロナ時代の監視社会が向かう先は

!メディアングルッペ・ビトニック Surveillance Chess 2012 LOAFでの展示風景(2020) Photo by F.Frenkler

 !メディアングルッペ・ビトニックの展覧会が、新型コロナウイルスの感染の拡大によって途中で中止になったのは皮肉なことだ。というのも、新型コロナウイルスをきっかけに、まさにいまデジタル技術による監視が大きなテーマになりつつあるからだ。

 これまでに多くの国や都市において緊急事態宣言が発せられ、平時では行われないような個人の健康、身体の監視と検査が拡大している。とくに中国や韓国、台湾などの東アジアの国々は、スマートフォンのアプリやGPSなどを駆使した人々の移動の管理と監視を徹底的に行い、欧米の国々に先駆けて緊急事態を脱した。欧米でもこれを機に、デジタルメディアを活用した監視の強化を危ぶむ声が強まっている。

 そのいっぽうで、監視そのものが「悪」ではないという議論も生まれている。問題なのは、少数の権力者が人々の情報を独占することであり、重要なのはこれを機に監視情報の共有、民主化と透明化を進めることではないか、という議論である。たとえば、スラヴォイ・ジジェクは最近の論考で、いまの中国に必要なのは「中国のジュリアン・アサンジ」であり、ウイルスを媒介とした情報社会の「共産主義」の可能性を訴えている(*)。

 もちろん!メディアングルッペ・ビトニックのような介入を、一足飛びに政治的なプロジェクトとして拡大解釈をするのはあまりにもナイーヴすぎるかもしれない。けれどもこの時期だからこそ、新しい監視テクノロジーを私たち自身が使える道具として絶えずつくり替えていくことは急務に思われる。遠くない未来に!メディアングルッペ・ビトニックの新作プロジェクトを日本で見られることに期待したい。

 !メディアングルッペ・ビトニックの旧作は、公式ホームページのアーカイブから見ることができる。​

!メディアングルッペ・ビトニック Surveillance Chess 2012

​*ーースラヴォイ・ジジェク「監視と処罰ですか? いいですねー、お願いしまーす!」(松本潤一郎訳、『現代思想』2020年5月号)

編集部

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