次代を担うのは誰だ?
クマ財団が支援する次時代の学生クリエイターたち (3)

公益財団法人クマ財団が、次代を担う学生クリエイターの活動を支援・育成することを目的に、昨年から始めた「クリエイター奨学金」。その第一期奨学生50人の中から、現代美術の分野でとくに注目したいアーティスト7人をピックアップ。全3回にわたって紹介する。最後となる第3弾は、存在をテーマに彫刻をつくる細井えみかと、デザインビジネスも手がける中村暖、糸を使った彫刻やインスタレーションを生み出す後藤宙の3人。

文=藤生新

細井えみか Affecter 2018
前へ
次へ

|彫刻で存在を確かめるー細井えみか

 細井えみかは、1993年バンコク生まれ、武蔵野美術大学造形学部彫刻学科を卒業し、現在は武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻彫刻コースに在籍している。主に鉄を用いて彫刻作品を制作しており、過去にポーラ美術館主催の「デザインキューピーコンテスト」でグランプリを獲得し、作品が商品化されたこともある。

 現在の活動については、大学院で彫刻作品の制作を行ういっぽうで、個人で家具や什器の受注製作も手がけている。また、今年の2月から3月にかけては「確かめる行為」と題した個展を行い、それを契機に「自分の本質に近いものを出したい」と話す。「私は、存在を確かめる行為として彫刻をつくっています」。細井は幼いころに何度か日記を書こうとしては挫折した経験があり、そこで日記を書き忘れた日のページに後日大きくバツを記し、「書けなかったこと」を記録しておいたという。なぜなら「その日が本当に存在していたかは誰にも分からないけど、日記上でバツが書いてあることによって、その日が存在していたことが分かる。私にとって『確かめる行為』とはそういうことでした」と語る。

細井えみか

 代表作には、今年1月に行われた修了制作展で発表した《Affecter》がある。複数の白いスポンジをボルトで連結させ、それが鉄製のフレームの中で吊り下げられている。「柱」をモチーフに制作したという本作は、「もし柱がスポンジでできていたら」という仮定のもと、柱としては機能せず無意味化したスポンジを全力で支える機構をつくり、そこで生まれる物理的な捻れを創出したかったのだという。

細井えみか Affecter(部分) 2018

 また、2016年にシンガポールのラサール芸術大学で滞在制作した《The Last Place》という作品にも注目したい。シンガポールの伝統のなさを嘆く現地の学生と出会ういっぽうで、シンガポールの伝統的な墓地が壊されようとしているという話を聞いた。そのときに覚えた矛盾した感情をもとに、墓地をテーマにしたピラミッド状の構造体をつくり、その内部に金色の風船を浮かべて糸で固定することにした。「外側からは見えるのに、その内側からは出ることができない矛盾した状態をつくり出したかった」と細井は話す。

 このように、彼女の制作では、個人的に覚えた違和感や疑問をもとに構造物をつくり、その中で起きる現象を自らも一人の観察者として目撃しようとする点に特徴がある。そして、彼女にとっての「確かめる行為」とはそのような「目撃すること」であるのかもしれない。これからの細井の活動にも期待したい。

細井えみか TheLastPlace 2016

|追い求めるのは透明ー中村暖

 中村暖は、1995年佐賀県生まれ、京都造形芸術大学空間演出デザイン学科空間デザインコースを卒業し、現在は同大学院に在籍している。リサイクル素材を用いた透明感のあるデザインが特徴的だ。

クロコダイルの革をスキャンした素材

 現在は《人工でワニ革を脱皮させる》と称するプロジェクトに取り組んでいる。これは、エルメスなどのラグジュアリーブランドで使われるクロコダイルの革をスキャンし、それを透明な「ワニ革」の形態に出力してバッグやジュエリーに加工するというものだ。ここで重視されているのは「再生可能」であるということ。たとえ経年劣化したとしても、何度も再生ができるということにポイントがあると語る。

透明な革でつくられたバッグ

 なぜ、透明であることにこだわるのか。それについて中村は「僕の作品は、基本的に身に付けることができる。ジュエリーだったり、バッグだったり。でもファッションというカテゴリーではない。身につけることができる、つまり、誰かの一番近い場所に自分の作品を飾ることができる。そこに魅力があります。また、つくるプロダクトはすべて透明。不透明な世の中に対して、眼球の水晶体のように、僕の作品を通して世界を見てほしいという願いも込めています。透明という感覚を再定義、そして価値をあげる為に制作をしています」と話す。

中村暖

 さらに、「無価値なモノこそ、価値の宝庫。一般的な価値があるものはそれだけで、価値が止まっていると僕は知っています。だからこそ、自分のデザインで日常にありふれたプラスチックをダイヤモンドくらい価値を高めることに挑戦しているし、ラグジュアリーを再定義、再提案していこうと思っています」とも語っていた。

 今後については、イギリスに留学し、植物のデザインとスポーツのデザインでジュエリーをつくる計画を立てているという。そして将来的には「自分と、自分がつくっているものと、自分のチームが3つそれぞれ世界で輝くということを目指しています」とその夢を語る。

ブレスレットも透明な素材でできている

|幾何学で「普遍」を探るー後藤宙

 後藤宙は、1991年東京都生まれ、現在は東京藝術大学大学院美術研究科修士課程先端芸術表現専攻に在籍し、今春に修了を控えている美術家だ。主に糸を使った彫刻やインスタレーションを制作しており、2016年にはTokyo Midtown Awardでグランプリを受賞するなど精力的に活動を行っている。

後藤宙 意識の表象

 普段はギャラリーを通してベルギーやドイツ、アメリカのアートフェアに出展したり、コンペティションに出品したりするなどのかたちで発表を行っている。作品の素材には鉄や木を用い、自らつくったフレームに糸を何重にもかけてレイヤーを生み出し、幾何学的な形態を生み出す。そのような構成をとる理由について、「個人的な思考のように、人と少しズレているなと思うことを突き詰めていくことで、人類にとっては普遍的なものに到達できるんじゃないか。そんなことを自分という個体にぶつけて試している感じです」と語る。

後藤宙

 代表作は《踊る幾何学》という近作。2018年3月にオープンする東京ミッドタウン日比谷の開発にあたり、三井不動産日比谷街づくり推進部からの依頼を受けて、制作した本作は、同社のオフィス内に設置されている。後藤にとっては「まるで社交ダンスのよう」に見えたという同ビルの曲線形態に触発され、「幾何学や規則性と自分がどう対峙するかという思考を、ビルの中のいろいろ空間を思い浮かべながら、できるだけ高い水準で行いました」と語っている。

後藤宙 踊る幾何学

 今後の活動については、海外のアーティスト・イン・レジデンスやコンペへの応募を増やしていきたいと考えている。その最初の動きとして、今年11月にはスペインのアーティスト・イン・レジデンスに参加することが予定されている。また将来的には、スペイン以外にも、インドやアフリカなど「人がエネルギーを持っている場所」へどんどん進出していきたいと話す。

 さてそんな後藤だが、このインタビューを実施したつい前日に初めての子供が生まれたのだという。すべての人間にとって普遍的でありながら、もっとも個人的な生の営みを実感した瞬間である。これからの後藤のエネルギッシュな展開に期待していきたい。

後藤宙 踊る幾何学(部分)