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INSIGHT - 2018.6.6

著名アーティストの#MeTooに美術館はどう対応すべきか? チャック・クロースの事例から考察する

巨大なポートレートを描くことで知られるアメリカを代表するスーパーリアリズムのアーティスト、チャック・クロース。2017年12月にニューヨーク・タイムズなどによって、複数の女性に対するセクシャル・ハラスメントを行っていたことが明らかにされ、大きな注目を集めた。この騒動に対し、美術館はどのような反応を示したのか? クロース作品を多く所蔵するウォーカー・アート・センターがとった行動を中心に考える。

文=國上直子
セクシャル・ハラスメントの報道が出たチャック・クロース Photo by Metropolitan Transportation Authority of the State of New York

|個展の無期延期、作品の撤去

 昨年12月、ニューヨーク・タイムズをはじめとする複数のメディアによって、アーティストのチャック・クロースが、複数の女性に対してセクシャル・ハラスメントを行っていたと報道された。

 声を上げたのは8名の女性たち。クロースは「モデルになってほしい」と彼女たちに声をかけ、打ち合わせと称しスタジオに招くと、事前の予告なくその場でヌードになることを要求した。クロースの言葉に従った女性の中には、身体を触られたり、卑猥な言葉をかけられたりした人もいたという。

 「有名アーティストのモデルになれる」ということで、いずれの女性たちもクロースの申し出を快諾していたが、その際、女性たちはクロースの代表的な巨大ポートレートシリーズのモデルになるものだと信じていた。スタジオで、唐突にヌードを要求されたことに違和感を覚えつつも、「有名アーティストだから」と自分に言い聞かせ、その場からすぐに立ち去る判断ができなかった点も、共通している。彼女たちの証言からは、クロースが自分の影響力を熟知したうえで、相手を思うように操ろうとする様子がうかがえる。クロースは、今回の報道に対し、自身のこれまでの行為がハラスメントに相当するとは認めていないが、女性たちに不快な思いをさせたことについては謝罪している。

 クロースは、肖像画の流れに大きな影響を与えた現代アーティストとして、美術史のテクストに頻繁に登場し、メトロポリタン美術館、テート、ポンピドゥー・センターなど、世界中の70を超える美術館に作品が所蔵されている。表現活動以外にも、ホイットニー美術館の理事を務めたり、オバマ政権下で大統領芸術人文委員を担当したりと、美術界では大きな影響力を持った人物だ。クロースのように地位が確立したアーティストによる、社会的モラルに著しく反する行為が明るみになった場合、美術業界はどのように対処すべきなのか。

 報道を受けて、クロースの作品を取り扱う美術館は対応に追われた。ワシントンD.C.のナショナルギャラリーは、予定していたクロースの展覧会を「無期限延期」することを決定。シアトル大学は、展示してあったクロース作品を撤去。ペンシルベニア・アカデミー・オブ・ファイン・アーツでは、クロースの個展を開催中であったが、展示を継続しながら、この問題へのレスポンスとして「権力・ジェンダー」をテーマにした展示を、緊急同時開催した。

 これらの美術館、ギャラリーがクロース作品を「見せるか、見せないか」で、対応をあわただしく決めるなか、ミネアポリスのウォーカー・アート・センターは、少々異なったアプローチを取った。

|Museum & #MeToo

ウォーカー・アート・センターは「Museum & #MeToo」と題し、クロースの問題を議論する場を設けた

 ウォーカー・アート・センターは、クロースの才能に早くから目をつけ、彼の作品を一番はじめに購入した美術館。1969年より収集を始め、収蔵作品はクロース本人から寄贈されたものも含め19点におよぶ。クロースと深いつながりを持ってきた美術館として、同センターは「今回の報道には、非常に衝撃を受けている。重大な過ちを犯したアーティストの作品をどのように見せていくべきなのか真剣に考えなければならない」とし、運営するオンラインマガジン上で、「Museum & #MeToo」と題し、クロースの問題をめぐる美術関係者の意見を紹介する場を設けた。

 意見を寄せた、批評家・歴史家のタイラー・グリーンは、「常設展ギャラリーでの作品展示と、個展開催は分けて考える必要がある」と主張。常設展では、作品は、他のアーティストの作品とともに、文化的、社会政治的対話を促す、あくまで「オブジェクト」として存在するので撤去の必要はない。ところが、現存アーティストの個展となると、どんなに学術的な構成にしても、アーティストを讃える内容にならざるをえない。さらに、アーティスト本人が企画に関与した場合、内容が自伝的になることもあるため「アーティストの価値観や倫理観が、美術館の理念と共鳴するかどうか」を慎重に吟味すべきであると語る。しかし物故アーティストの個展となると、展示の本質が「アーティスト礼賛」から作品体系を俯瞰するものへとシフトし、キュレーターの視点でより自由な構成が可能となるので、話は変わる。社会的問題行為を行ったアーティストの展覧会を開く場合は、「『アーティストが存命かどうか』が重要な判断ポイントである」とグリーンは語る。

 ハマー美術館のエデュケーター、テレサ・ソットも、「現存作家の個展は、知名度・地位向上を後押しし、すでにアーティストが持っている特権や権力をより強固なものにする」という見方をしている。また、深刻な嫌疑がかけられているアーティストの個展を開くことは、美術館がアーティスト側の味方につくように見えてしまう点も喚起している。

 ソットは、ギャラリーツアーを取り仕切る立場から、作品がすでに公開されている場合、展示を継続するかどうかは、「その作品と美術館に生産的な対話を引き出すだけの力量」があるかどうかで判断すべきであると語る。ツアー参加者との対話の中で、作品そのものについてだけでなく、社会的・文化的文脈においても、議論をすることが可能か。そして対話を通じ、世界をよりよく理解することにつながるのかを考えなければならないとしている。このような「難しい対話」の場を設けることこそが、美術館が、価値のある場として、社会から尊重されるために必要であるとソットは訴える。

 昨年の#MeTooムーブメントを受け浮上した、クロースの問題。クロースのような大物アーティストの場合、美術館は簡単に本人および作品とのつながりを解消することはできない。ウォーカー・アート・センターは、この問題が、「クロース作品の展示云々」で白黒がつけられる類の問題ではないことを十分に理解した上で、あえて一歩引き「美術館で作品を展示することはどういう意味を持つのか」という、より大きな問いを提示したように見える。

 出てきた意見の中で、「美術館の役目はただ作品を見せるだけではなく、鑑賞者との対話を通じて、作品を取り巻く様々な文脈を辿り、作品の外にある文化・社会的問題についての考察を促すこと」という理解が共通していた。今回の問題を受け、クロースの作品を取っ掛かりにして、セクシャル・ハラスメントを成り立たせている文化、社会について考えることも可能であろう。むしろ問題の根本に近づくためには、「難しい対話」が欠かせないのかもしれない。美術館に、その対話の場を持つだけの覚悟があるのかどうか。今回の一件は、美術館にとって、ひとつの試金石となったように見えた。

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