不在の声を汲む
第61回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展が5月9日、「指揮者」不在で開幕した。国際的な美術館やドクメンタでの実績、セネガル・ダカールのアートセンター「RAW Material Company」の創設などを通じて広い人脈を築き、ヴェネチア・ビエンナーレ史上初のアフリカ系女性キュレーターとして芸術監督に任命されたコヨ・クオが、開幕のちょうど1年前に急逝した出来事は、本展をキュレーションにおける作者性の観点において脱中心化的に深める契機となった。同時に、「In Minor Keys(短調で)」と題したクオの構想を実現することにした主催関係者と招聘された現存作家のあいだに、稀にみる連帯と異なる表明が立ち上がった(*1)。
いっぽうで、パレスチナ情勢を含む複数の紛争や戦争で分断が深まるなか、ヴェネチアで生を謳歌してもよいのかとも迷った。クオの署名の入ったステートメントはまず、「深く息を吸って、吐いて、肩の力を抜いて、目を閉じて」と囁く。だが、ビエンナーレという制度が軋み、例年よりもさわがしい会場でそれを行うことは容易ではない。だが、集会や喧騒のなかでこそ不在の声を汲むことは、増幅され続ける死に応答する人間的な態度だと自分を鼓舞した。
会場には、離島から大陸、ヨルダン川西岸地区まで、「全−世界」の作家や集団による作品が集まっている。それらは追悼として閉じるのではなく、生きる者が明日へと向かうための泉である。そもそも現代美術の展覧会とは、完成されたヴィジョンの提示ではなく、未完のスコアが演奏され続け、世界とのチューニングが試みられる場でもある。
では、「In Minor Keys」は実際にどのような鑑賞の場として開かれているのか。クオの思想と現地での体験、そしてキュラトリアルチームと作家たちの言葉を手がかりに、本展を読み解いていく。
*1──とくにロシア、イスラエル、米国による戦争とヴェネチア・ビエンナーレの制度的状況に関して、参加作家やキュラトリアル・チーム、審査員から異議申し立てがなされてきた。また、一部の作家によると、3月13日付の招聘作家とキュラトリアル・チーム名義での異議申し立てについては、今年1月頃から毎週水曜日にオンラインミーティングが自由参加方式で開催され、文面を準備したという。
招聘作家とキュラトリアルチーム名義での異議申し立て(3月13日):https://www.e-flux.com/notes/6783477/an-urgent-call-from-artists-and-curators-of-the-61st-international-art-exhibition-of-la-biennale-di-venezia-2026
審査員からの異議申し立てと辞任表明(4月23日、30日):https://www.e-flux.com/notes/6783485/statement-of-intention-by-the-international-jury-of-the-61st-international-art-exhibition-in-minor-keys-of-la-biennale-di-venezia;https://www.e-flux.com/notes/6783487/statement-of-resignation

クオによる「短調で」の語り
本展で音楽用語の「Minor Key」は、調性を指すだけでなく、憂いや陰影を帯びた語りの概念として提示されている。また、何を表現するかというよりも、どのようにそれを行うかに関わる。クオは、軍楽的な行進やスペクタクルから距離を置き、唸りやハミング、詩的実践にこそ力が宿ると考えていた。声高で断定的な語りからいったん身を引き、ポリリズムや共感覚を探ろうとする身体の経験が重視されている。
この実践を支えるものとして、「島」や「庭」といったメタファーが参照される。マルティニーク島の思想家エドゥアール・グリッサンの「クレオールの庭」は、限られた土地で多様な種が共存し、互いを守り合う空間である。いっぽうでジェイムズ・ボールドウィンは、世界には「月を植民地化しようとする者」と「旧友の前に立つようにその前で踊る者」がいるのには理由があると述べた。
そこでクオは、トニ・モリスンのように危機の只中にあっても「愛や魔法」を手放さない姿勢や、ガブリエル・ガルシア=マルケスの「魔術的リアリズム」を、国際的な美術展における共通言語として捉え直す。作品が複数の声の交差として配置されること自体はすでに見慣れた手法でもあるが、そこからグローバルな均質化のなかで失われる想像力をどう保つかが改めて問われている。

「La squadra di Koyo」による編曲
2024年12月から始動したゲイブ・ベックハースト・フェイフー、マリー=エレーヌ・ペレイラ、ラシャ・サルティ(以上アドバイザー)、シッダールタ・ミッター(編集者)、ローリー・ツァパイ(アシスタント)は、クオの死後も代理のディレクターを立てることなく、「La squadra di Koyo」(チーム・コヨ)として、環大西洋のパン=アフリカニズムを基調としたその骨子を引き受け、先の構想を検証する場の実装を担った。
多声的な姿勢は、今年2月末にチーム全員が登壇した記者発表の形式にも反映されていた。ステートメント第2部は共同で署名され、複数の声によって語られた。アルセナーレ会場併設の「テアトロ」で行われた開幕時の記者発表も、ネグリチュード運動に貢献したセネガルの詩人ビラゴ・ディオプの詩の朗読から始まった。その詩は、死が過ぎ去り埋没されるのではなく、木や風、炎や水のなか、赤子への歌とともに私たちのそばにあると宣言した。
ここで強調されるのは、クオにとって詩的実践はたんなる引用ではなく、展覧会を導く原理であったという点である。詩は装飾ではなく、主題を生成するための素材だった。2015年にオクウィ・エンヴェゾーが芸術監督を務めた第56回展でも、マルクス『資本論』の朗読を中心に、日替わりのライブプログラムが組み込まれていた。「体制」を疑う緊張下でも対立が創造へと転じうる可能性の示唆は、近年の民主主義をめぐる内省だけでなく、国際美術展の動向とも連続している。様々な要因による越境的な移動や、クィアや先住民などのマイノリティの実践への注目は前回の第60回展でも顕在化していた。
東西南北の複数の歴史が交錯する地平で、異なる場所や時間に属するものがどのように関係し併存しうるのか。本展は特定の地域や制度を中心とする枠組みから自由になるために、その問いを繰り返しているように思われる。さらに、近年のドクメンタ的傾向とも言えるが、作家主導の組織や社会的実践の紹介を通じて、作品の価値を時間をかけて生成されるプロセスや関係性のなかに見出そうとしている。



死者とのセッション
ジャルディーニとアルセナーレの各会場の空間構成において、異なるモチーフや作品は極力区切られていない。ただし、各空間の冒頭で「聖域」を設け、イッサ・サンブ(1945〜2017)とビヴァリー・ブキャナン(1940〜2015)といった物故作家の実践が紹介されている。また、休息や学びと継承の実践を紹介する場所も設けられている。
アルセナーレ会場の長い回廊は、RAW Material Company所蔵のサンブによる無題の絵画作品から始まる。ダカールを拠点に活動したサンブは、自宅の中庭において生活と制作、対話や集会を切り離さずに展開した。その活動は絵画や彫刻にとどまらず、パフォーマンスや筆記のかたちでも拡張されていた。ただ、ここで彼の作品を強烈に演出したのは、パレスチナ人作家レファアト・アラリール(1979〜2023)の詩だった(空間構成要素として、会場各所に同様の藍色のバナーでも詩が登場する)。

サンブはジャルディーニ会場でマルセル・デュシャンと並んで再び現れる。サンブが拾った赤子の人形や大人の衣類などが、彫刻として再配置されている。彼にとって作品は固定されるのではなく、集められ、解体され、再び組み替えられる過程そのものであった。いっぽう、レディメイドで美術作品のあり方を転覆させたデュシャンは、自身の作品を複製・可搬化した箱、さらには死後に他者によって実現される指示書を通じて、美術が制度の内外を行き来しながら存続しうることを示している。
同じ空間の中心に据えられているのは、サンブと同郷で今年亡くなったセイニ・アワ・カマラ(1945〜2026)の陶像群である。セネガル南部カザマンス地方に根ざした素焼きの手業で、人間とも動物ともつかない存在をつくってきた。その造形は「現代の原始美術」や「母性」「豊穣の女神」といった言葉で語られ、1989年の「大地の魔術師たち」展(ポンピドゥー・センター)以降、国際的な流通に組み込まれていった。近年では、陶芸を母から学んだことや、カザマンスの自然のなかで見た夢や想像力に由来する実践として再解釈されている。
ブキャナンの実践もまた、米国南部ジョージア州の黒人コミュニティの建築や土地の記憶を、素材を通して受け継ぐものである。とくに「shack」と呼ばれる小屋を模した彫刻は、記念碑として固定されるのではなく、環境による風化を受ける素材そのもののもろさや変化をはらむ。精神疾患を抱えながら制作を続け、事実と想像を交えた作品群は、個人やコミュニティの葛藤を語る媒介としても機能している。

生きる者による応答と葬列
現存作家とその作品は、生と死が交わる敷居をまたぎながら各会場の内外に現れ、環境、身体、社会を切り離すことなく表現されていた。日系もしくは日本人参加アーティストのアレクサ・クミコ・ハタナカ(1988〜)、ブブ・ド・ラ・マドレーヌ(1961〜)、嶋田美子(1959〜)が、予期せぬ招待を受けて挑んだ制作過程を筆者に話してくれた(以下は、出品作品の鑑賞とインタビューの録音から、筆者がまとめた抄訳的文章である)。
アレクサ・クミコ・ハタナカ 日常において美と死が紙一重で共存するような明暗のなかで経験した双極性障害と、和紙という素材を結びつけながら制作を行っている。双極性が気候の激しい変動に応じた生存のための適応として進化した可能性を手がかりに、病理ではなく環境への応答として捉え直し、活動と休息で身体のリズムを「調律」していった。また、版画制作に取り組むなかで触れた、高知県で7代にわたり継承されてきた紙漉きの技術に、ものづくりの自然的条件や、長い時間のなかで受け継がれる身体的な知への関心を深めていった。
作品を通じた喜びの感覚は、ジャルディーニのセントラル・パビリオンへと続く道を彩る「のぼり」として展開している。風や雨を受けて揺れ動く異なる魚の姿は、個人の記憶やひとつの文化の象徴にとどまらず、滝を登った魚が竜へと変ずる超克の神話を参照した。

ブブ・ド・ラ・マドレーヌ もしくは人魚。ダムタイプの古橋悌二との協働と死に寄り添い、周縁に存在する者たちへの差別や暴力に抗いながら、それでもなお他者と関係を結び直そうとする、防御やケアの実践でもある。セックスワーカーとしての生業もドラァグとしての装いも、自己を覆う表層ではなく、それを解き放ちながら生きるための方法として選んだものだ。皮膚の外側と内側で交渉を続け、近年描かれた横たわり変容する身体は、真っ青な画面に描かれている。真夜中に咲く花のように精神が昇華しながら、海というセーフティースペースに帰還している。
嶋田とのユニットとして、アルセナーレ会場と周囲の水路のあいだを這う通路に沿って行われたパフォーマンス《斃(たお)れし同志と堕天使のための行列》は、エイズへの理解、女性やLGBTQ+の権利をめぐる闘いなど、社会を変えようとする運動のなかで失われていった者たちを弔い、同時にその生を祝福する葬列として構想されている。娼婦を主人公とするフェリーニ『カビリアの夜』のラストシーンの微笑にも通じる、絶望からわずかに希望へと移行する身振りが組み込まれている。

嶋田美子 ジャルディーニ会場にある米国館の前で「不服従」というスローガンを掲げた。その装いは、在日米軍立川基地の拡張に反対した住民運動「砂川闘争」の記録写真に写る農婦が着ていた割烹着がモデル。戦後日本の社会運動において稀な成功例の「ヒロイン」を演じることは、マイナーな響きを汲む本展のクオとも共振する。
同会場セントラル・パビリオンの「おまえがきめるな」の幟を中心にした一連の作品は、女性の性と生殖に関する権利をめぐる「中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合(中ピ連)」を、国内でも十分に可視化されてこなかった社会運動を前衛的な実践として取り上げ、パフォーマンスの手法を交えながら美術史上の象徴的な図像と重ねて描くことで、歴史や構造を多層的に読み直させる。
また、アルセナーレ会場のブブとの新作《昭和怒羅亜愚地下系双六》(2026)では、安保闘争や1970年の大阪万博、ベトナム戦争、高度経済成長期の環境汚染や公害に抗議した「呪殺祈祷僧団」といった歴史的出来事を全8カットの組み絵画に仕立てた。ハート型の額に納められた1945年昭和天皇とマッカーサーの写真のパロディ作品を介し、「明治怒羅亜愚反帝戯画双六」とともに明治・大正に続く昭和の日本像を再構成した。そこでは、復興や繁栄として語られてきた表向きの歴史が、帝国主義の破局へと再接続していく構造を浮かび上がらせる。

余韻
内覧期間最終日の5月8日、会場の内外では、ANGA(Art Not Genocide Alliance)らの呼びかけによりストライキが行われ、「パレスチナは世界の未来だ」と記されたポスターが一部の作品の上に貼り出されたが、掲示しなかった作家も多かった。また、審査員の総辞職を経て来場者投票制となった金獅子賞を辞退する動きも起き、その数は招聘作家の半数以上にのぼった(*2)。それは、セトラー・コロニアリズムや旧宗主国としての「先進国」の無自覚、そしてその体制への依存に対する静かな抵抗でもあった。
招聘作家のあいだでは創造的な連帯の動きが広がり、パレスチナのアーティストの名を記したTシャツをまとい、詩の朗読や即興演奏、ドローン・コーラスに参加する姿が見られた。一人ひとりの低い声とガザの作曲家による音が重なり、ひとつの唸りとなって響いていた。
*2──5月9日付で、来場者投票による金獅子賞から辞退したナショナル・パビリオンにはベルギー、フランス、スペイン、オランダ、イタリア、英国などが含まれており、会期中に増える可能性もある。 https://www.e-flux.com/notes/6783494/statement-of-withdrawal-from-visitor-lion-awards































