文筆家・栖来ひかりが選ぶ、台湾の原住民族を知る5選。海からみる台湾──原住民族の表現がひらく、もうひとつの地図【4/4ページ】

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 植民地支配、近代国家の形成、開発、都市化。その過程で断ち切られ、遠ざけられてきた土地や言葉、祖先の記憶との関係を、現在を生きる人々がもう一度結び直していく。

 『美術手帖』2026年10月号の特集「台湾の現代美術」において、キュレーターでMakotaay生態芸術村を運営するナカウ・プトゥン(Nakaw Putun)は、原住民族の表現の次なる段階は、「私は誰なのか?」というルーツの探求にとどまらず、「なる」ことを通した不断の自己再編に向かっていると記した。これは、本篇の最初に紹介した小説『タイヤル・バライ』で孫大川のいう「現代の原住民の魂の深層に関わる問い」ともつながるテーマだろう。

 そして、台湾原住民族の表現が内包するそうした問いは、海を越えて日本のわたしたちへと投げかけられてもいる。

*1──日本語では「原住民」という語が歴史的な差別表現を連想させることもあり、「先住民」「先住民族」という呼称が一般的である。しかし台湾では事情が異なる。長く外部から「蕃人」「高砂族」「山地同胞(山胞)」などと名づけられてきた人々が、自分たち自身をどう呼ぶのかを求めた「原住民正名運動」があり、1994年には中華民国憲法の「山胞」が「原住民」へ、さらに1997年には「原住民族」へと改められた。「原住民」という名称そのものが、長い運動の末に自ら獲得した名前なのである。本稿では、そうした正名の歴史と当事者の自己決定を尊重し、台湾で用いられている「原住民/原住民族」という呼称を使っている。
*2──1874年の牡丹社事件後、清朝が山地開発と原住民族統治の強化を進めた政策。「番」は当時の原住民族に対する呼称。
*3──清朝期の制度を引き継ぎ、総督府が軍事・警察的に強化した警備線。詰所や鉄条網、地雷などを連ね、原住民族を監視・封鎖しながら山地支配と樟脳などの森林資源開発を進めるため、奥地へと押し広げられていった。
*4──この状況は現在、大きく変わりつつある。2021年、台湾の司法院は原住民族の狩猟を憲法が保障する文化的権利と認め、2025年には「野生動物保育法」も改正され、祭儀だけでなく「非営利の自家利用」のための狩猟が明文化された。猟銃制度も安全性を重視する方向へ改められている。

編集部

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