文筆家・栖来ひかりが選ぶ、台湾の原住民族を知る5選。海からみる台湾──原住民族の表現がひらく、もうひとつの地図【2/4ページ】

2.パナイ・クスイ「Uninang,平安」とエリ・リャオ

「原住民族の歌」のその先へ

 台湾原住民族の音楽と聞いて、何を連想するだろう? 古謡や多声合唱から近年ではR&Bやラップ、ロックまで多様な原住民族音楽だが、じつは社会運動や土地・ひとの記憶とも深く結びついている。

パナイ・クスイ(巴奈 Panai)「Uninang,平安」MV

 2026年にMVが公開されたパナイ・クスイ(巴奈·庫穗/Panai Kusui)の「Uninang,平安」は、その好例だ。プユマ族の父とアミ族の母をもつパナイは、2017年から原住民族の「伝統領域」をめぐる政策に抗議し、パートナーのイスタンダ・ホソンガン・ナブ(依斯坦達霍松安・那布/Istanda Husungan Nabu )らと台北で2644日に及ぶ座り込みを続けた。

 この曲の背景にあるのは、ナブをはじめブヌン族の家族らが20年以上続ける台東の山深いLaipunuk(内本鹿)への「帰郷」である。日本の植民地下において、ブヌン族は総督府の集団移住政策によって山麓へ移住させられ、1941年には故郷への帰還を試みた人々が弾圧された。それから60年。2001年以降、その子孫たちは旧集落への踏査を始め、祖先の道や地名を確認し、家屋の再建を続けてきた。パナイ自身もこの「内本鹿へ帰る」実践に参加している。

「Uninang」はブヌン語で「ありがとう」。祖先の土地へ向かう仲間の無事を願う歌声には、政治的な抵抗と、身近な人への愛情が分かちがたく重なっている。

 いっぽう、日本と台湾を往復しながら活動するエリ・リャオ(Eri Liao)は、タイヤルの母と日本人の父をもつ。ジャズ、日本民謡、即興音楽などを自在に横断してきた彼女は、2025年、日系ブラジル人ギタリストのマルセロ木村、ギタリストのファルコンと「Aza Roots」(Azaはポルトガル語で「翼」の意)を結成。タイヤル語、日本語、台湾華語、ポルトガル語と、台湾・日本・ブラジルそれぞれの音楽的背景を交差させながら、「クレオール・ミュージック」とも呼べる唯一無二の世界を生み出している。

エリ・リャオ「タラガイ漂亮」

 とりわけ魅力的なのが、「タラガイ漂亮」など、祖母や叔母らタイヤルの親族の姿をスケッチするように歌った曲だ。タイヤル語、台湾華語、日本語などが行き交うエリ・リャオの音楽には、度重なる植民統治を経て多言語化してきた台湾の歴史や、原住民族女性たちが背負ってきた痛みが織り込まれている。それにもかかわらず、その歌声や楽曲はおおらかで、やさしく煌めくような鱗粉をまとう。

 パナイとエリ・リャオの音楽はまったく異なる。しかし、複雑な歴史を内包した深みのある歌声が、心のいちばんやわらかいところを刺す。だから2人の声をライブで聴くと、わたしは泣いてしまうのだ。とりわけ日本では、エリ・リャオのライブに触れる機会も多い。ぜひ一度、会場でその歌声を聴いてほしい。

パナイ・クスイ「Uninang,平安」
YouTube:https://www.youtube.com/@panaikusui

エリ・リャオ
公式ウェブサイト:https://eriliao.jimdofree.com/
YouTube:https://youtube.com/@eriberri

3.ブラレヤン・ダンス・カンパニー

「自分自身の主人」として踊る

「原住民族の踊り」という言葉には、ときに危うさが伴う。外部の人が期待する「原住民族らしさ」が、そのまま見せるべき「伝統」として固定されてきた歴史もあるからだ。

公演『漂亮漂亮(Colors)』(2016〜)より Photo by Lin Chun-yung

 そんなイメージを揺さぶるのが、振付家ブラレヤン・パガラファ(布拉瑞揚・帕格勒法/Bulareyaung Pagarlava )が率いるブラレヤン・ダンス・カンパニー(BDC)である。台東県金峰郷出身のパイワン族にルーツをもつブラレヤンは、12歳で雲門舞集を見て舞踊家を志し、台北藝術大学卒業後は雲門舞集で活動。ニューヨーク留学を経て、マーサ・グラハム・ダンス・カンパニーにも振付作品を提供するなど、国際的なキャリアを築いた。それでも彼のなかには、「自分は誰なのか」という問いがくすぶりつづける。若い頃は漢名を名乗り、西洋のバレエやモダンダンスを身体に叩き込んだブラレヤン、そんな彼が故郷の台東へ戻って2015年に設立したのが、BDCであった。

公演『漂亮漂亮(Colors)』(2016〜)より Photo by Pungiya Kao

 BDCのダンサーたちは山へ入ったり、海辺で歌ったり、祭儀に身を置いたりしながら身体が受け取った感覚を、伝統舞踊の再現ではない現代舞踊へと変換していく。集まる若者たちの民族的背景や身体も様々で、舞台には「強い/弱い」「男らしい/女らしい」「伝統/現代」といった二分法からこぼれ落ちる、クィアな身体表現が立ち現れたりもする。

 それは同時に、「勇士」に象徴される原住民族男性の規範的イメージを揺さぶることにもつながる。同性婚を法制化した台湾でも、原住民コミュニティのなかにはキリスト教信仰などの影響から、ジェンダーやセクシュアリティについて保守的な価値観が残る地域も少なくない。だからこそ、「自分自身の主人」として舞台に立つことは、他者の期待する「原住民族らしさ」から自らを解放することでもあるのだ。

 さらにBDCの拠点は、舞台芸術の中心である台北ではなく台東である。周縁とされてきた場所から新しい表現を世界へ発信しているのも、BDCの魅力だ。

公式ウェブサイト:https://www.bdc.tw/zh-tw
YouTube:https://www.youtube.com/@bdc6686

編集部

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