文筆家・栖来ひかりが選ぶ、台湾の原住民族を知る5選。海からみる台湾──原住民族の表現がひらく、もうひとつの地図【3/4ページ】

4.映画『海殤──牡丹と琉球の悲歌』

海難から始まった、台湾・琉球/沖縄・日本の近代

  一艘の船の漂流が、東アジアの地図を変えた。 ション・フー (胡皓翔 )監督のドキュメンタリー『海殤──牡丹與琉球悲歌』(邦題『海殤──牡丹と琉球の悲歌』)(2025)は、「牡丹社事件」と呼ばれてきた出来事を、関わった人々の子孫や研究者など、それぞれの側から見つめ直す作品だ。監督が7年をかけて調査し、アーカイブ資料、研究者や子孫へのインタビュー、再現映像を重ねてつくられた。2025年には「Cinema at Sea──沖縄環太平洋国際映画祭」のオープニング作品として世界初上映された。

映画『海殤──牡丹と琉球の悲歌』より

 1871年、琉球の人々を乗せ、那覇から宮古島へ戻る船が暴風雨に遭い、台湾南部へ漂着した。69人のうち3人が溺死、上陸した66人のうち54人が、言葉も習慣も異なるパイワン族との接触のなかで命を落とした。ところが、この海難と衝突はそこで終わらなかった。1874年、明治政府は琉球人の「保護」を名目として台湾へ出兵し、牡丹社、高士佛社(クスクス社)などのパイワンと戦闘を繰り広げ、武力鎮圧した。この事件はその後の日本による琉球併合、清朝による台湾統治強化とも結びつき、台湾・琉球双方の運命を大きく変えていく。しかし、現在の沖縄の在り方に大きく関わる事柄にもかかわらず、日本本土でも沖縄でも、あまり知られていない事件である。

映画『海殤──牡丹と琉球の悲歌』予告編

 なぜ互いに意思を通わせることができなかったのか? その出来事はなぜ、日本によって台湾への軍事進出を正当化する材料へと変えられたのか?そこにはパイワン、客家、琉球、清国、日本、さらには西洋列強までが絡み合い、それぞれに異なる境界と主権の感覚、そして近代化する国際舞台にデビューしたばかりの日本の野望があった。パイワン族の土地と琉球の島々を隔てていたはずの海は、漂着により人を出会わせ、そして帝国を呼び込む道にもなったのである。

 だからこそ150年以上を経たいま、牡丹郷と宮古島の人々が互いの土地を訪れ、犠牲者を追悼しながら対話を重ねていることには意味がある。この映画が映し出すのは過去の出来事ではなく、過去との対話から見つめる現代史そのものである。

監督:胡皓翔
公開:2025年
製作:山楂果影像製作 HawStudio

5.長濱船団とマクタアイ

海は道だった

 わたしたちはともすれば陸地を中心として世界を眺めがちだが、オーストロネシアの視点から地図を見直すと見え方は大きく変わる。海は人を運び、文化や言葉をつなぐ「道」だった。

長濱船團WVOC|攝影者/朱柏穎

 2022年、台東・長濱で結成された「長濱船団(Wind Voyagers of Changbin)」は、その感覚を身体でもう一度確かめようとする。発起人のチェン・グァンユー(陳冠宇)が思い描いたのは、ハワイで復元された伝統航海カヌー・ホクレアがいつか台湾を訪れたとき、台湾側も南島文化の帆船を海に出して迎えに行くことだったという。グァンユーが1人で船をつくっていた長濱のスタジオを訪れたことがある。双胴船の片側の流線形の船体にやすりをかけながら、かつてオーストロネシアの人々が太平洋に広がっていったその航跡を辿りたいと目を輝かせていた。やがて彼のもとに大勢の仲間が集まり、現在は自分たちで建造した船に乗り、「重返古航路」と題して航海を重ねている。

イリー・カオルー Ilid Kaolo「17歳のあなた Seventeen」Official MV

 チェン・グァンユー自身は客家ルーツをもつが、アミのシンガーソングライター、イリー・カオルー(以莉・高露/Ilid Kaolo)のパートナーであり、音楽プロデューサーでもある。2人は宜蘭・南澳(ぎらん・なんおう)で自然農業に取り組んだのち、2017年に長濱へ移住した。日本統治下で船員となり、戦時中の太平洋で命を落としたグァンユーの大叔父を題材にした「17歳のあなた」という曲も制作している。海は古代の航海を想像する場所だけでなく、家族の記憶や植民地、戦争の歴史が重なる場所でもある。

 長濱から海岸線を北へたどり、左手に、約3万年前までさかのぼる「長濱文化」の代表遺跡・八仙洞の断崖を仰ぐ。秀姑巒溪の河口を渡れば、港口部落(マクタアイ/Makotaay)に着く。マクタアイでは1990年代から、行政上の理由で公有地とされた土地を取り戻す「土地を返せ」運動が約30年にわたって続き、これをモデルに映画となったのが2015年公開の映画『太陽の子』(原題『太陽的孩子/Wawa No Cidal』)である。また、返還された土地には「Makotaay生態芸術村」が生まれ、2026年の第6回Makotaay藝術季「海在想什麼?──海は何を考えている?」では、ランドスケープアートや音楽、「南島」をテーマにした映画祭などを通して、海と土地、生活と芸術を切り離さずに考える試みが行われている。

 マクタアイで生まれたKamaro'an(カマルアン)は、MoMAデザインストアでも扱われ、日本でも人気の根強いバッグや照明器具のブランドである。集落の年配者から受け継いだ植物素材の編みの技法を現代のデザインへと展開し、若い世代がこの土地で働いて住み続けるためのサステナブルな取り組みともなっている。

 また、マクタアイは清朝の東部進出に抵抗した1877〜78年の「Cepo'戦役」の記憶を受け継ぐ土地でもある。近年、その歴史はアミの側から語り直されつつあり、映画『太陽の子』の共同監督レカル・スミも、2025年に短編ドラマ『混濁(Makotaay)』とドキュメンタリー『流離之岸(The Homeless Coast)』を制作した。

「長濱船団(Wind Voyagers of Changbin)」
航海日誌:https://wvoc.ghost.io/
映画『太陽の子』(原題『太陽的孩子/Wawa No Cidal』)
予告:https://www.youtube.com/watch?v=uVmybJR0qEI
Kamaro'an(カマルアン)
公式ウェブサイト:https://www.kamaroan.com
短編ドラマ《混濁》(Makotaay)
予告:https://www.youtube.com/watch?v=gqbf06rGtm4
ドキュメンタリー《流離之岸》(The Homeless Coast)
予告:https://www.youtube.com/watch?v=xZBoaA_2Jv4

編集部

Exhibition Ranking