風間サチコをもっと知るための5つのキーワード【2/2ページ】

KEYWORD 4:現実を乗り越えるための表現

既存システムへの疑問と、変化を見つめる眼差し

 風間さんの作品には、社会問題だけでなく、自身の経験や過去の記憶・出来事を受け止め、乗り越えるために制作されたものが多く存在します。例えば、大型木版画《第一次幻惑大戦》(2017)は、自身の不登校の体験や、学校になじめなかった頃の葛藤が出発点となっています。「社会が求める正しさ」になりきれなかった記憶やそのシステムへの疑問、そして自分の内側と外側の対立がテーマです。画面には、時間割の上に座らされ、未来のサラリーマン予備軍として社会の求める姿へ向かう中学生たちや、誘惑と戦うサラリーマンたちが描かれています。

風間サチコ《第一次幻惑大戦》(2017)木版画(パネル・和紙に油彩インク) 182.5×362cm 横浜美術館蔵 Photo by Kei Miyajima
風間サチコ《ディスリンピック2680》(A.P.)(2018)木版画(和紙に油性インク) 242.4×640.5cm Courtesy of the artist Photo by Kei Miyajima

 また《ディスリンピック2680》(2018)も、幼少期に体が丈夫でなく学校に行けなかった自身の背景から、社会的に「良い」とされる体や命を選別する優生思想への違和感をもとに生まれた作品です。原爆の図丸木美術館での個展「風間サチコ展 ディスリンピア2680」(2018)や東京オリンピック開催にあわせて、戦前の国民優生法などを綿密にリサーチしたうえで、自身の経験と社会問題をベースに構成されました。

風間サチコ《ニュー松島(千貫島)》(2022)アルミプレートに水性顔料ペン、油性ラッカー 55×73×2.7cm 撮影:森田兼次 © Sachiko Kazama Courtesy of the artist and MUJIN-TO Production

 もういっぽうで、近代化や自然災害によって変化せざるをえなかった状況を「現実を乗り越えるために必要な変化」として提示した作品もあります。宮城県石巻市で開催された「Reborn-Art Festival 2021-22」で発表された「ニュー松島」シリーズ(2022)は、風間さんが蒐集している古い絵葉書に印刷された松島の美しい景色が、東日本大震災の津波や防波堤の建設によって様変わりしてしまった現実から着想を得ています。また、同じく「Reborn-Art Festival 2021-22」にあわせて石巻市で展示された「FLOW」は、変化と無常を主題とする正方形の作品シリーズです。刷り終えて役目を終えた版木(=死)と、そこから生まれた版画(=生)をシンメトリーに組み合わせ、「生と死を生きる可能性」や、あの世とこの世、過去と現在をつなぐイメージが時空を超えて描かれています。

《FLOW(沖つ国/不老山)》(2022)版木にジェッソ、木版画(パネル・和紙に油彩インク) 182×183×3.3cm 撮影:森田兼次 © Sachiko Kazama Courtesy of the artist and MUJIN-TO Production

KEYWORD 5:キャリアの転換点

「自省と挑戦」、そして「新章の幕開け」

 風間さんはその作風から、これまで「近代化の闇を描く作家」「社会派の木版画美術家」と紹介されることが多くありました。しかし、そうした社会的役割を求められることやパブリックイメージに対して、ご本人は「ちょっとそこは違うんじゃないか」と静かな違和感を募らせていたようです。50代になり、自身の作家人生で「あとどのくらい作品がつくれるか」という時間の有限性を意識するなかで、改めて自身が本当に大事にしたい純粋な「自由な発想」や「ロマン主義」を見つめ直されています。

 今回、美術学校以来の油彩画のほかに、青森や岩手の旧南部藩で遊ばれていたカルタの一種「黒札」の図案を巨大化させたアクリル画など、これまでにない抽象的な表現に果敢に挑戦しています。これはたんなる展覧会向けの新作という枠を超えた、風間サチコという作家のキャリアにおける「新章の幕開け」を意味しているのではないでしょうか。

編集部