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30人が選ぶ2025年の展覧会90:川北裕子(パナソニック汐留美術館学芸員)

数多く開催された2025年の展覧会のなかから、30人のキュレーターや研究者、批評家らにそれぞれ「取り上げるべき」だと思う展覧会を3つ選んでもらった。今回は川北裕子(パナソニック汐留美術館学芸員)のセレクトをお届けする。

文=川北裕子

「西條茜展 ダブル・タッチ」展示風景 撮影=編集部

「生誕120年 人間国宝 黒田辰秋―木と漆と螺鈿の旅―」(京都国立近代美術館、2024年12月17日~3月2日/豊田市美術館、3月15日〜5月18日)

「生誕120年 人間国宝 黒田辰秋―木と漆と螺鈿の旅―」(京都国立近代美術館)の展示風景 撮影=編集部

 一人のひとがものをつくることの意味とは。本展は、20世紀日本を代表する木漆工芸家の生涯を、圧倒的な作品量とスケールにより丹念に辿り直す内容であった。大型の家具にも掌上の茶器にも一様に貫かれた、実用される美しい線の姿。素地づくりから塗りの仕事まで自身の手で行う個人制作スタイルと、自然由来の素材に寄り添い、その形状を成す本質を見据える態度は、必然的に深く結ばれている。大家ではありながらも、未だ十分には知られてこなかった作家像の核心をあらためて浮き彫りにした。と同時に、工芸の原点とは何か、時代を超えたものづくりの在り様を問いかける展観であった。

「第1回MIMOCA EYE / ミモカアイ」大賞受賞記念「西條茜展 ダブル・タッチ」(丸亀市猪熊弦一郎現代美術館、1月26日~3月30日)

「西條茜展 ダブル・タッチ」展示風景 撮影=編集部

 西條茜の作品を前に、経験が幾重にも五感にひらかれる思いがした。陶やガラスを素材とした有機的な形態による空間の構成は、作品を介した身体的パフォーマンスの舞台となり、日常と虚構のシームレスな時間へと誘う。音に加えて、運搬という動作を導入したことは造形のあり方に影響していたが、作品の基本にあるのは、素材の性質を十分に引き出した、揺るがない美しさである。タイトルの「触れる/触れられる」は、陶と手、他者と自己の間の親密な感覚を示唆するとともに、何か手探りの、未知なるものとの対話の始まりにも思われた。これからも、作家が開示する視界に期待を寄せたい。

「ライシテからみるフランス美術──信仰の光と理性の光」(宇都宮美術館、10月12日~12月21日)

「ライシテからみるフランス美術―信仰の光と理性の光」の展示風景 撮影=編集部

 テーマ展のキュレーションには、領域を横断するための蓄積と見識と勇気が求められる。本展における、いままで語られてこなかった視点(ライシテ)によるフランス近代美術の読み直しは、私たちが馴染み親しみ捉えてきたはずの作家や作品、描かれた主題や色彩の奥行きを照射する。明日からルオーやシャガールの作品の見え方が変わる、という次元にとどまらず、そこでの語りが地域や文化の相違を超えて、現代社会にまで及ぶ自分事として惹きつけられた。その一因はおそらく、本展の会場にとても読みやすい作品解説が付されていたことによる。この企画を実現するまでに積み上げられたであろう言語的な営みが柔軟に解きほぐされ、展覧会の拡がりを生んだ。
*2026年1月17日〜3月22日、三重県立美術館に巡回


編集部