不景気になるとマーケットの思考は保守へ走る。その際行き着く先はアカデミックな言説に裏打ちされた美術史に連なるもの、もしくはその評価の過程にあるもの、と言ったらマーケット嫌いの人には顔を顰められるかもしれない。そう、美術市場は現代まで切れ目なく繋がる教科書を、指針として欲する瞬間があるのだ。
景気が底を打った2024年を経て、トランプ関税パニック、老舗ギャラリーの閉廊、アートフェアの統廃合や休止のニュースを浴びた2025年の日本のマーケットも、継続してややメランコリーな雰囲気を纏っているが、そのなかでもインパクトを残す、個人的に意義深かったと思う展示をピックアップした。
「時代のプリズム:日本で生まれた美術表現 1989-2010」(国立新美術館、9月3日〜12月8日)

国立新美術館で開催された「時代のプリズム:日本で生まれた美術表現 1989-2010」展は、市場が欲する教科書の最新版という意味でインパクトがあったように思う。ただし、香港のM+と国立新美術館共催によるこの展示は、M+にとって「M+ International」という戦略的イニシアチブ下で展開されているものであることを、私たちは自覚したうえで教科書とする必要がある。2025年だけでもM+はニューヨーク近代美術館(MoMA)ともパートナーシップ協定を締結し、共催展を日本以外にもドーハ、ソウル、光州、モントリオールで開催している。「アジアの視点の導入」「グローバルな対話」という言葉についての私見を深くは述べないが、このイニシアチブ自体が鉤括弧付きの「多様性」の下で動いていることを念頭に、何が差し込まれて何が不在なのか、という投げかけだけはしておきたい。
「RURU 25 Poros Lumbung」(Synchronize Fest 2025会場内、ジャカルタ、10月3日〜5日)

インドネシアのアート・コレクティブ、ルアンルパの設立25周年を記念するプロジェクトが「RURU 25 Poros Lumbung」だ。彼らがアーティスティック・ディレクターを務めた「ドクメンタ15」(2022)を筆者は訪れていないが、一部の作品は体験済だったので、今回の実践もあらかた想像どおりだろうと思いつつも、本展がアートフェアの隣で開催されているのだから、マーケット的な視点において何かしらおもしろいものが見られるに違いない、と楽しみに訪問したのだった。いまとなっては、どうしてそんな的外れな期待をしてしまったのだろう、と思う。現場に到着したら「マーケット的な観点でおもしろい物体」は何もなく、「ことの集積・実践」のみがあるのだ。25年間のうちにルアンルパが手掛けてきたワークショップの数々が、年表等の記録を背後に生きた目録として実践されている。何の地縁もないジャカルタの地で、チョークで落書きをして隣の少年と笑い合って地面に座る。会場自体が音楽フェス会場の中のため、薄ら聞こえる音楽に耳を委ねた場でTシャツのシルクスクリーン工房の楽しげな声を聞き、バトミントンのシャトルが飛んでいるのを見る。彼らの実践は一貫して人の方向を向いていて、会場にステージを設置することなんだな、とふと腑に落ちる。過去数年のマーケットの熱狂と物質主義そして停滞を、対照的に考える場となった。
「嶋田美子、山本れいら、みょうじなまえ『元始女性は太陽だった』のか?」展(KOTARO NUKAGA Three、5月17日〜6月14日)/長谷川愛「PARALLEL TUMMY CLINIC」(SHUTL、6月6日〜7月7日)


「3選という企画なのに3選ではないのでは」と突っ込まれてしまうかもしれないが、プライドマンスの6月にかかるほぼ同時期に開催された「嶋田美子、山本れいら、みょうじなまえ『元始女性は太陽だった』のか?」と長谷川愛「PARALLEL TUMMY CLINIC」の2つの展示は、ともに法律と社会規範と人工子宮をキーワードとして採用しており、制度化された身体の管理について考えさせられるものであった。前者は過去から現在にかけて呪いのように続く、女性の身体的抑圧や母としてあるべきとされるイデオロギーを、戦時下・現在・未来を意識しながら、押し付けられる法律と社会規範を直視し暴き出すことで取り上げていた。後者の展示はコラボレーターに山田由梨を迎え、妊娠・出産を老若男女・クィア問わず望む人へ開くことで、現在の妊娠・出産にまつわる制度の問題点、力関係の偏り、法律と社会規範を炙り出していく。日本において女性参政権が認められたのが1945年12月。今年で80年が経過した。女性の内閣総理大臣が両展示の後にようやく誕生したが、法律も社会規範も、当事者にとって生きやすいものへと改善される兆しはない。しかし、思考のきっかけともなりうる2020年代の評価の過程にあるものとして、改めてともに言及すべき重要度があると感じ選出した。

























