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30人が選ぶ2025年の展覧会90:内海潤也(石橋財団アーティゾン美術館学芸員)

数多く開催された2025年の展覧会のなかから、30人のキュレーターや研究者、批評家らにそれぞれ「取り上げるべき」だと思う展覧会を3つ選んでもらった。今回は石橋財団アーティゾン美術館学芸員・内海潤也のテキストをお届けする。

文=内海潤也

「POLLINATION IV: the palms of y/our hands」展の展示風景より Courtesy of ILHAM Gallery

 放っておくと狭くなりがちな「展覧会をつくる」という自身の実践の枠を見つめ直すために、今年見たもののなかから、これからも参照点となるであろう3つの展覧会を挙げたい。

「POLLINATION IV: the palms of y/our hands」(ILHAM Gallery 4月20日〜7月20日)

展示風景より Courtesy of ILHAM Gallery

 2018年から始まった(現在は2年に一度開催)、東南アジアにおける美術館の枠に留まらないキュレトリアル実践やアーティストの活動を支援し、ネットワーク構築と知の共有を目的としたプログラム「Pollination(受粉)」の第4回目である。Mark Teh(クアラルンプール拠点)とDiana Nway Htwe(ヤンゴン生まれ、ロンドン拠点)のコ・キュレーションで、ミャンマーからマレーシアに渡ってきた人々の生き方を、2021年の軍事クーデターに続く「悲惨な」イメージとは異なるかたちで描き出していた。「いわゆる」現代美術作家には数えられないであろう、ヤンゴン生まれの移民労働者たち──M、Steven Nyi Nyi、Jae Jaeに、Okui Lala(ペナン・クアラルンプール拠点)を加えた計4名とコ・キュレーターたちの関わりが、それぞれの生活用品や写真、本、それにまつわるメモなどを通して、緩やかにつながれた個々の「station」として空間に広げられていた。人の存在やたどってきた時間、コミュニケーションの実相や信頼関係が前景化され、美術品としての芸術は後景に退いていた。空間に何を持ち込み、何を託そうとするのか。そこに記号化させない「人」を現し出すことの大切さと、その巧みな技を感じた。 

「ベトナム、記憶の風景」(福岡アジア美術館 9月13日〜11月9日)

展示風景より 撮影=長野聡史

 太平洋戦争における日本の敗戦から80年にあたる今年は、ベトナム戦争終結から50周年でもある。また1945年は、日本の降伏後の9月にベトナムが独立宣言を行い、長い戦争へと突入していく年でもあった。本展で示された美術を通したベトナムの歴史は、「日本からの歴史」を相対化するものであった。1940年の日本軍進駐以降、美術家もフランス領インドシナを訪問するようになり、1945年3月には、それまでの美術の中心であったインドシナ美術学校が閉鎖されるなど、日本の関与が隣国の美術史に及ぼした影響も見て取れる。「戦後」と簡単に1945年を歴史的転換点と割り切ることができない実情が色濃く残る沖縄での巡回展は、「戦後80周年平和祈念事業」の一環として開催され、「戦後80年」という言葉が隠してしまう複数の歴史をあらためて可視化する、時節に適った展覧会企画であった。

常設展示(ベラウ国立博物館)

ベラウ国立博物館の外観 撮影=筆者

 パラオ共和国の先史時代から1995年のアメリカからの独立までの歴史が、パネルや写真を中心に紹介されている。中でも1915〜45年の日本統治時代のセクションでは、これまで名前しか知らなかった南洋庁の実体や、日本からの移民の生活の様子を知ることができた。1940年にパラオを訪れた赤松俊子(丸木俊)のスケッチや、1929〜31年および39〜42年にかけて現地で暮らした土方久功が、現在も文化的アイデンティティとなっている「イタボリ」と呼ばれるバイ(パラオの伝統的集会所)に描かれた神話の絵を、板に彫ったものとして制作することを勧めたことなど、そこにもまた、「日本本土」からの視点とは異なる美術の歴史があることを、かつての土地で知ることができた。

 そのほかにも川久保ジョイ(原爆の図 丸木美術館)、本間メイ(GALLERY MoMo)、陳擎耀(チェン・チンヤオ)(田川市美術館)、外山リョウスケ(東條會館写真研究所)、矢野憩啓(アートセンターBUG)、谷原菜摘子(MEM)、市川江津子(Contemporary HEIS)、宮内由梨(The 5th Floor)、ネルソン・ホー(√K Contemporary)といった、これまで縁のあった作家たちの個展から、丁寧に実践を積み重ねていく姿勢とその実りを感じる機会となり、自身の励みにもなった。

編集部