art for allが目指す「アーティスト報酬ガイドライン」の制定。実現に向けた座談会(後編)

美術に特化した支援策を求めるために生まれた美術のつくり手と担い手によるネットワーク「art for all」。同団体は美術関係者の労働状況の改善のため、実態把握のためのアンケートの実施や、アーティスト報酬のためのガイドラインの策定、労働組合などの連帯組織の結成といった計画を進めている。art for allの協力のもと、美術分野における報酬ガイドラインの策定に向けた検討の道筋を追う本連載。第1回は策定に向けた座談会を前後編でお届けする。

Photo: Toshihiro Kobayashi, courtesy of art for all
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 アーティスト報酬のためのガイドライン策定のためにどのような議論や行動が必要なのか。前編に引き続き、art for allメンバーのアーティストである川久保ジョイ、村上華子、湊茉莉と、今回のワーキングに協力している、芸術文化のプロデュースを専門とする木原進、文化政策研究者・実務家の作田知樹、アーティストの橋本聡の6名による座談会をお届けする。

ガイドライン策定に向けてのアクション

──前編ではみなさんのアーティスト報酬に関する実体験を教えてもらい、アーティストという職業をどう定義するのかや、アーティストフィーが日本においてはほとんどの場合考慮されないといった問題が明らかになりました。こうしたアーティストと報酬に関する問題は「美術分野における報酬ガイドライン策定のためのアンケート」にも多く寄せられていたと思いますが、こうした実情を受けて、報酬ガイドラインを策定するための次なるアクションについて、どのようなことが考えられているのかお聞かせいただければと思います。

村上華子 私たちが報酬ガイドラインを策定するにあたって参考にしたいと考えているのがカナダのCARFACという団体のガイドラインです。CARFACは1968年に設立された、アーティストの権利を守る団体です。CARFACでは法律の専門家も巻き込んで、毎年物価の変動等に応じて報酬ガイドラインを更新しており、ある程度の拘束力も持っています。公的な助成金を受けている団体や展示施設が、アーティストに報酬を支払っていない場合、またはCARFACの設けた報酬の最低基準を遵守していない場合は助成金を打ち切られる可能性があります。ルールを守らざるを得ない仕組みができあがっているわけです。

CARFACウェブサイト(https://www.carfac.ca/)より

 また、制作費とアーティストフィーは別物であるという前提を確認したうえで、交通費、宿泊費、日当、展示立ち会いにも対価が発生することが明記されています。加えて、トークをしたりワークショップを行えば、それも当然ながら個別に計算されて支払われる。その計算方法も、展示する施設の大きさでランクづけされていたり、国際展なのか国内展なのか、個展かグループ展か、作家が若手かキャリアが長いのかなど、細々と計算方法が定められていて、アーティストの活動があらゆる点で続けられるようになっています。

 実際にCARFACには、日本でも同じようなものをつくりたいと考えているので話を聞かせてくれないかとメールで依頼をしたのですが、すぐ返事が来て快諾してくれました。どのようなかたちでまとまるのかはわかりませんが、CARFACを参考に、課題を洗い出して、それを叩き台にすることはとても有効なことだと考えています。

 いっぽう、私が在住しているフランスではガイドライン的なものが最近になってようやくできたのですが、困ったことに拘束力がありません。DCA(現代美術館アソシエーション)が独自に設けたガイドラインや、文化省が奨励する展示権に対する報酬最低金額はあるのですが、カナダに比べると展示の種類による区分けもほとんどなく大雑把で少額です。私個人のフランス国内での経験ですと、公立アートセンターでの展示なのに作家報酬はゼロ、作品貸し出し料もゼロで、収蔵されることもなく本当にただ展示されるだけという展覧会に参加したこともあります。

 フランスは、FRACDRACという、各地方ごとの現代美術を管理している団体が大きな予算を持っていて、制作予算や住居、発表の場を提供し制作に対する支援は充実しているのですが、報酬ガイドラインということに関してはフランスもまだ発展途上といえると思いますし、実際にフランスのアーティストの生活が厳しいという報告(ラシーヌ・レポート)も出ています。その観点でも、各国の制度の良い部分を吟味しつつ取り入れていくことが肝要だと思っています。

 私たちが日本におけるアーティストの報酬ガイドラインをつくるとしたら、どれぐらいの額が適切でどういった計算方法が必要なのか、カナダを始めとした他国のガイドラインのどこを踏襲するのか、それを日本の実情に合わせてどのように変えていく必要があるのかなどが今後必要なアクションになるでしょう。

木原進 海外の事例も参考にしながら内容を精査した新たなアンケートをつくり、ガイドラインを定めるにあたっての、具体的な報酬の数字をそこから算出したいです。

村上 広くアンケートを取ることで、プロのアーティストとして活動している人が、どのような形態で報酬を受け取っていて、そこにどのような問題があるのかという実情を調べていく。実際にいくら受け取っているかを聞くだけではなく、それが実情に即して足りてたのか、足りてなかったのか、支払う側にはどうしてほしかったのかなどを明らかにしていけば、アーティストにとっての持続可能な活動が担保できるガイドラインになるのではないかと考えています。

 本当に自分が活動するまでわからなかったことですが、外から見ると華やかに見える展覧会でも、アーティストフィーがゼロだったりするような信じられないことが結構あります。フィーだけで生活は成り立たないので、作品を売ったり、アルバイトをしたり、借金をしたり、皆それぞれに苦心しています。展覧会が立て続いて忙しくても、フィーが十分にないため、作家活動で忙しい人ほど貧乏だったりする逆説が起きたりします。そういった実情をちゃんと汲み取るためにも、もう一度アンケートをやりたいと考えています。

「美術分野における報酬ガイドライン策定のためのアンケート」より、美術家/アーティストの仕事内容に対していの報酬が適切かどうかについての結果

新たなアンケートに求められるもの

──次回のアンケートに向けて、ほかのみなさんの意見はいかがでしょうか?

木原 ここまでアーティストを中心とした話をしてきましたが、「美術分野における報酬ガイドライン策定のためのアンケート」はアーティスト以外の芸術従事者も対象になっています。社会学者である吉澤弥生さんの調査研究でも明らかなように、アーティスト以外でも厳しい労働環境の中、生活や身体を削りながら芸術活動をしている人がたくさんいます。そういう人たちが存在しているということにももっと光が当たるべきだと思います。例えば批評家やアートコーディネーターといった人たちがいるわけですが、アーティストよりも報酬が厳しい場合もある。アーティストと、美術館やギャラリー、さらには芸術以外の分野を結びつける仕事をしている人たちの実態は見えづらいですが、次回のアンケートでは、もっと多くの時間をかけてそういった人たちにも回答してもらいたいです。

 みんな個人で活動してそれぞれで交渉しているので、個々人をバックアップできるような何らかの連帯や横のつながりがあるといいですよね。「美術分野における報酬ガイドライン策定のためのアンケート」では70パーセント以上の人が連帯する組織が必要だと答えています。それが労働組合なのか協同組合なのか、あるいはそうではない別の組織体なのか、それは今後も勉強して話し合っていくものだと思いますが、いずれにしてもこうやって仲間に巡り会えたわけです。みなさんの状況を聞いたり、それについて話したりできる、そういう場につなげていけるように次回のアンケートはしたいですし、それがガイドラインに向けての良いアクションになると思います。

「美術分野における報酬ガイドライン策定のためのアンケート」より、連帯組織の必要性についての回答

橋本聡 私もアーティスト以外の従事者へのフォーカスに不足を感じ、個人的に何人かの方にヒアリングをしてみました。批評や研究に携わる方の多くは大学以外で生計を立てることは厳しく、執筆や出版ではわずかな収入しか生じません。ですが大学の教授職は少なく、非常勤講師は契約を一方的に切られてしまうことも多い。ちょうどヒアリングした方も大学側と非常勤講師組合を介し、交渉をしていました。

 アンケートで印象深かった回答のひとつは、学芸員の方からの「アーティストは内情を理解せずにSNSで学芸員やギャラリーを糾弾することが多く辟易する。勝手に野たれ死ね」といった声でした。公的な組織に身を置く立場にとって、自身の声を発信するには多くの障壁があり、匿名の自由記述に溜まった怒りが吐き出されたのかと思います。美術手帖の「学芸員の労務問題についてのアンケート」にも様々な声が届いていましたが、それぞれの立場の実情をお互いが知ることは、重要な一歩になるかと思います。それとキュレーターということでは、公的機関に身を置かないインディペンデントなキュレーション活動へのフォーカスも必要です。

 いっぽうで、マネジメントに携わる方には学芸員を志望していた方も多くいます。年代によっては学芸員の募集はほとんどなく、日本の学芸員の年齢層には偏りがあります。マネジメントに携わる方には美術館のような長期的な雇用はなく、各地の芸術祭などを渡り歩き、収入も住まいも定かではない方も少なくないようです。低予算や過密なスケジュールになりがちなアートの現場で、調整役になるマネジメントの方に業務、時間、報酬のすべての面において、もっともしわ寄せがいく傾向があります。

 美術に関わる様々な人々の連携や連帯が、個別的な改善にも業界的な改善にも重要でしょう。ただ「対立せず、皆が仲良く」と言いがちですが、注意が必要です。対立することを恐れ、言いにくいことを押し殺させる同調圧力的なあり様が、様々な課題を不文律のように仕立て上げてきたかと思います。ですので、たとえ対立しても争点を公平にやりとりできる環境、癒着するでも断絶するでもない批評的な相互関係を伴った連携なり連帯が目指されることではないでしょうか。

木原 やはり今後は100人といったレベルじゃない規模でアンケートを取らないと実情はわからないと思います。極端な話ですが、前回のアンケートの規模だと、多くのアーティストや芸術従事者がかつかつの状況にあるのに、ゆとりがあると思われる可能性もゼロではない。新しいアンケートをやるとき、そこは注意したいですよね。橋本さんが言うように役職による分断もあれば、アーティストのあいだにも分断ができてしまう可能性がある。

 そして、少数人数で労務に関する動きをつくるということに対してはやっぱり憂慮しています。この6人はうまい具合に言い合える関係ですが、こういう多面的に意見を言える場をつくるのが意外に難しい。 

新しい労働のあり方を探る契機として

橋本  ここにいるアーティストも、いつも美術館と仕事をしているわけではないですし、実際には美術館などの公的機関とまったく仕事をしたことがないアーティストが大半です。ガイドラインのようなものを使う機会がない、マーケット含めアート関係で収入を得ることが皆無という人もかなりの数になるでしょう。アーティストフィー的な領域を争点にすることで、こぼれ落ちたり、切り捨てられているものもあるわけです。そういったなかでやはり、アンケートの回答者の層には偏りが読み取れました。これは私たち主催側の偏りを露呈しているのかもしれません。

 アーティストフィーの改善には象徴的な意義もあるかと思いますが、アーティストの経済問題全体の解消とはなりません。自戒を込めて言えば、アートワールドにおいてある程度のステータスを得ている者たちのための取り組みに過ぎないとも言えなくもない。ですので、この集まりに閉じずに別のアプローチも必要に感じています。

 多くの方が、別の仕事で生計を立てているなかで、例えば仕事の創出や仲介、美術館にフォーカスするなら、美術館は仕事の機会を開く場でもありえます。監視員や受付、テクニカルスタッフや事務方、外注、そして学芸員の領分まで。海外では多くの事例があります。また協同組合的な方向なら、事業の創出や生活の互助。休止しているアーティスツ・ギルドでは、小規模でしたが、映像機器の共有システムや、雇用創出としての撮影業務を展開していました。

木原  いまの橋本さんの話にとても共感し賛成します。アーティストを含めた芸術従事者の働き方は、個人事業主でありながら、同時に非正規雇用で副業もしており、労働形態がミックスされたような状態にあるので、新しい労働のあり方の可能性を孕んでいるともいえるわけです。例えば仕事の創出やアトリエ、倉庫、住居の借用、税務会計といった部分を協同組合的なかたちでみんなで切り盛りするという話にもつながっていくかもしれません。

村上 フランスのアーティストは、メゾン・デ・ザーティストというものに所属するのですが、その入会の条件として、作品売買があります。一点でもいいので作品を売ったことを証明できれば、メゾン・デ・ザーティストに入会し、アーティストのための社会保障にもアクセスできて、確定申告もアーティストとしてできるようになります。社会の中でアーティストをひとつの仕事として認めるひとつの条件が経済活動、報酬を得ることなわけです。コロナ禍の給付金のときに、非常に大きな課題になっていたのがアーティストという職業をどのように社会の中で位置づけるかということですが、フランスの例は参照できるかもしれません。

橋本 レディメイドやミニマル、アースワーク、パフォーマンス、コンセプチュアルといった一連の動向は売買や所有に対する批判的なフォームとして展開した側面があります。マーケットに限らない売買自体から距離をとり活動するアーティストは現代でも少なくはないでしょう。ですので、売買のほかに別の制度的な認定もあるとよいですね。

木原 1980年の第21回ユネスコ総会で採択された「芸術家の地位に関する勧告」では「芸術家」を定義しており、これを受けて作成された国際美術連盟(IAA/AIAP)の定義には、美術学校で教鞭を取っている、作品がパブリックコレクションに入っている、自身の作品を頻繁に展示しているなど、作品を販売する以外の基準も入ってきます(*1)。芸術家の定義という議論が興味深い一方で、家族や生活といった目の前の課題も人間だから当然ある。それを制度的な部分で議論していくことにも意味があるかなと思います。

村上 フランスのメゾン・デ・ザーティストは社会保障のシステムと直結しているということが重要だと思います。作品の売買の有無ということだけが、芸術家の基準になるとは私も考えていませんし、そこはみなさんと同意見です。

橋本 日本ではお金の話が疎まれることが多く、アーティストは霞を食べて生きる、あるいは無頓着にマーケットに乗っかると、どちらにしても経済的な議論に背を向ける傾向にある。なので売買やマーケットについてももっと議論が必要ですね。

今後の活動とその展望

──ほかに、みなさんが今後のアクションとして考えていることがあれば教えてください

木原 できれば同志をもっと集めて、まずは厳しい状況をみんなで共有できるような場、環境をつくっていきたいですね。僕自身は、芸術従事者の連帯のあり方として、ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の観点からも世界的に見直されている協同組合、社会的連帯経済に可能性を感じています。日本では今年10月から「労働者協同組合」に関する法律も施行されました。いまリサーチを進めているので、今後も情報を共有し提案していければと思っています。

川久保ジョイ アンケートをはじめ、実態を把握する調査を大規模にするためには、財源が必要になってくる可能性がありますよね。あるいは研究者との共同研究をやるために助成金を申請することもあるかもしれません。

 ただ、一番高いリスクはメンバーのバーンアウトだと思っています。みんなそれぞれ個人の活動がありますし、art for allのような無報酬の活動は、人間関係が崩れたりモチベーションが下がってしまうとそこで終わってしまうことがあります。少なくとも継続のための財源をどのように確保するのかということは、ひとつの課題かと思っています。あとは自分たちもある種の偏ったメンバーであるということは認識していますので、もっと若い世代だったり、幅広い社会との関りを探ることができたらいいという話もありますよね。

村上 労働組合というのはふたりだけでも立ち上げられるらしく、多摩美術大学の労働組合も4人で立ち上げていました。労働組合を結成し団体交渉をすることで対応が変わってくるというのは非常に励まされる話だなと思っています。art for allを立ち上げてから、私たちと同じ問題意識を持った人がたくさんいることがわかったので、今後流れを変えられる可能性はあるでしょう。

橋本 「あいちプロトコル」の起草づくりに参加した際に「芸術の自由」を入れ込むよう提案したことがあります。『表現の不自由展』の是非を巡り、双方が表現の自由の範囲で議論を展開していましたが、報道の自由、学問の自由のような、芸術における自由権の理念が欠落していると感じていました。憲法に明記しているドイツをはじめ、国際的に基本的人権の一種として芸術の自由の認知は広まっています。提案した際も芸術の自由を知る人はいませんでしたが、日本の美術館においても芸術の自由を伴った理念形成が欠けているように思われます。

 ガイドライン策定の先、その遵守を求めるなら、美術館などの変革にも足を踏み入れることになるでしょう。組織の構造が変わらなければ大きな改変はできない。たとえば、政治的ネットワークで構成された館長や財団ではなく、学芸員の方たちの自律的な決定権が求められます。学問の自由から大学には「大学の自治」が不可分ですが、日本では芸術の自由からの「美術館の自治」のような理念が欠落しています。

 先ほどは報酬ガイドラインの偏狭な面を話しましたが、こういった公的機関の変革に繋がる可能性もあるでしょう。ただ、美術館や大学、マーケットといった業界の下部構造に対する改善への働きかけは、それらを延命し肥大化させる保守的作用もあります。鉄筋コンクリートで構築された現代建築のなかでミイラ取りがミイラになると。求められるのは下部構造を自明視するのではなく、むしろ解体や放棄へのアプローチを伴った活動と言えないでしょうか。個人的にはそういった視座も持ったガイドラインの取り組みを期待しています。

*1──「芸術家の地位をめぐる国際的動向 : 1980年UNESCO「芸術家の地位に関する勧告」の実施状況から」中尾友香,京都大学生涯教育フィールド研究 2014  https://irdb.nii.ac.jp/01221/0000145847