2022.4.7

「art for all」のアンケートでアーティスト報酬の低さが明らかに。貧困、あるいは貧困に近い状況も

美術分野における環境の向上を追求するネットワーク「art for all」が実施した「美術分野における報酬ガイドライン策定のためのアンケート」の結果が発表。アーティストへの報酬の低さや契約の問題点などが明らかになった。

「art for all」ロゴマーク
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 美術分野における環境の向上を追求する、美術のつくり手と担い手によるネットワーク「art for all」。同団体が、美術分野におけるアーティストフィーやアートワーカーへの報酬が低い水準で固定されているという懸念の声を受けて、その実態把握のために「美術分野における報酬ガイドライン策定のためのアンケート」を実施した。

 このアンケートの結果は、3月29日にオンラインにて開催された「アーティストのための実践講座⑥ 『美術分野における報酬ガイドライン』を考える」にて発表された。その内容を抜粋してお伝えする。

「美術分野における報酬ガイドライン策定のためのアンケート」の結果

 「美術分野における報酬ガイドライン策定のためのアンケート」は、2月2日〜13日の期間実施され、美術家・アーティスト(直近5年間、合計収入および合計制作時間のどちらも95パーセント以上をマスメディア、広告、ブランドビジュアル等の制作に充てている場合を除く)を対象に行われた。アンケートの告知は「art for all」のSNSを通じて実施、回答者は「Google Forms」のページにアクセスして回答した。

 回答者の内訳は、美術家・アーティストが56名、それ以外の従事者が35名、うち重複1名となった。年代は30代、40代が中心で、キャリアも5年以上が80パーセント、10年以上も40パーセント超となり、継続的かつ現在においても活発に活動している層が回答者の中心となった。

「アーティストのための実践講座⑥ 『美術分野における報酬ガイドライン』を考える」発表資料より

 回答者の95パーセントが500万円未満の収入(自営業者として経費差し引き前)で、金額が仕事内容に対して見合ったものでない場合が大半であることもわかった。さらに回答者のうちの美術家・アーティストは平均年収が約239万円(収入を回答範囲の中央値で標準化)となり、さらに回答者の50パーセントが200万円未満の収入と回答しており、低い水準であることがうかがえる。

「アーティストのための実践講座⑥ 『美術分野における報酬ガイドライン』を考える」発表資料より

 美術家・アーティストの報酬にともなうトラブルについては、次のような回答が見られた。「依頼されて展示を行う際、交通費・材料費などの実費のみで、旧作の展示の場合、こちらへの収入が全く生まれない仕組みになっていた」「報酬の支払い時期が遅かったため、100万円近い展覧会の制作費を立て替え払いして辛かった」「主催者側から展示の依頼があり、旅費・材料費・宿泊費・謝金など提示されていたのにも関わらず、資金を受け取るためには交渉が必要であった」。展覧会主催者から受け取る報酬や費用についての選択回答でも、「全く足りなかった」「やや足りなかった」という答えが9割超を占めており、展覧会主催者の支払う費用や報酬が多くのアーティストにとって不足していることが如実に表れている。

「アーティストのための実践講座⑥ 『美術分野における報酬ガイドライン』を考える」発表資料より

 こうした実態を踏まえたうえで、「美術分野における報酬ガイドライン」の策定や、著作権契約に関する創作者保護の法改正については、いずれも90パーセント以上が「必要」と回答した。

「アーティストのための実践講座⑥ 『美術分野における報酬ガイドライン』を考える」発表資料より

 「報酬ガイドライン」については、具体的に次のような項目を盛り込むことが望ましいという回答が集まった。「制作費とは別でちゃんと作家が受け取る報酬を設定してほしい」「支払期限の設定、消費税の支払い」「十分な報酬・給料の基準を設ける」「契約書などの書面でのやりとりがもっと求められる」。

 報酬に関する問題点や要望は、美術館に対しても挙げられていた。公立の施設などでは支払いが遅くなるため制作費を前払いしてもらいたいことや、作品を貸し出す際の報酬ガイドラインの設定、また材料費や発注費といった制作費用とは別に制作にともなう人件費を報酬として支払うことなどが回答されていた。

海外事例から考えるアーティストの報酬

  今回の発表では、こうした意見を踏まえつつ「美術分野における報酬ガイドライン」を制作するうえで参考となりそうな海外の事例(Arts and Law代表理事・作田知樹作成の資料)も紹介された。とくに、ロンドン在住のアーティスト・川久保ジョイが紹介したフィンランドの事例が示唆に富むので紹介したい。

 川久保は、フィンランドで2021年9月に行われたシンポジウム「Fair Pay for Artists: Exhibition Payment Symposium」における、テーム・マキ(Teemu Mäki、Artists’ Association of Finland・理事長)の発表をとりあげた。この発表は、アーティストに対する報酬である「展覧会報酬」を紹介したものだ。

 「展覧会報酬」とは、アーティストが作品を展示することで発生する報酬であり、労働の対価とは別に、展示という行為について別個の対価が支払われるべきという考えにもとづくもの。展覧会における作品の展示にも著作権が働き、その権利に対して報酬を払うこの仕組みは、アーティストのキャリアによって左右される助成金とも、マーケットの評価に左右される作品販売とも異なる、別軸の報酬システムだ。この作品を展示するという知的財産に対する報酬というこのシステムが、作家の報酬を適正化する手段のひとつとして注目されている。

 本発表では「美術分野における報酬ガイドライン」の策定を大多数の作家が求めており、その策定に向けての具体的なリサーチが動いていることが示された。いっぽうで、インターネットがベースとなった調査であることや、調査対象の母数の少なさといった課題も「art for all」は認識しているという。今回の調査をもとに、「美術分野における報酬ガイドライン」策定に向けて次なるアクションがいかなるものになるのか、美術手帖では今後の動きもお伝えしていく。