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2022.7.5

学芸員を蝕む労務問題。業務量7割が「多い」、パワハラ経験も

「美術手帖」では学芸員(元学芸員含む)を対象に、労務環境に関するオンラインアンケートを実施した。その結果をまとめてお届けする(有効回答者数=111)。

文=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

イメージ画像 (C)Pixabay
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 ウェブ版「美術手帖」では学芸員(主に美術館)が置かれている労務環境の実態を把握するため、オンラインで「学芸員の労務問題アンケート」を実施した。

 本アンケートの実施期間は4月4日〜4月17日。学芸員を対象としたものだが、回答者には元学芸員も含まれている。アンケートには「Google Forms」を使用した。有効回答者数は111名。30代が半数以上を占め、次いで20代が3割、40代が2割となった(なお回答フォームについては開始後、回答項目のうち必須回答項目となっていたものを任意回答に変更した)。

 本アンケートはすべての学芸員の声を代弁するものではないが、若手を中心とした学芸員たちの声を届けることの必要性を鑑み、記事としてお届けする。

 なお、学芸員をめぐる問題についてはすでに「博物館学芸員の雇用・労働をめぐる現状とインターンシップに関する一考察」(君塚仁彦、渡辺美知代、池㞍豪介、東京学芸大学紀要. 総合教育科学系, 64(1): pp23-38)や全国美術館会議の「美術館の原則と美術館関係者の行動指針」(資料編、p33)などでも指摘されていることを踏まえ、本稿を現状把握として提示したい。

(残業代が出ないなど)無賃労働を強いられたことがありますか?

  一般的に問題となるサービス残業(無賃労働)。このアンケートでは38.4パーセントが「はい」、39.4パーセントが「いいえ」と回答した。この数字だけでは半々となっているが、気になるのは「その他」の回答だ。そこには「残業は基本しないようにと言われるが急務が多々あり業務量も多い」「役所に残業時間の追加要求をしないために無賃労働になることはしばしばある」「やむをえず持ち帰り残業をしたことが多くある」「仕事があるのに定時で帰るのは人事評価につながらないと言われた」など、実質的にサービス残業を強いられている状況が記されている。いっぽうで「強いられたわけではないが、プライベートで仕事のための研究や執筆をしないと成立しない」という研究者としての学芸員の多忙さを訴える声もある。

学芸員業務とは関係ない仕事を強要されたことがありますか? 現在の業務量は適切ですか?

 美術館学芸員は学芸業務以外に様々な雑務も担うことが多いため、それを揶揄する「雑芸員」という言葉も存在する。では、その現状はどうなっているだろうか。学芸員業務とは関係ない仕事を強要されたことがあるかどうかについて、アンケートでは半数近い42パーセントが「はい」、29.5パーセントが「いいえ」となった。ここでも「その他」と回答した学芸員の声を拾ってみたい。

 「どこまでが学芸員の業務か、区分するのが難しい」という声があるいっぽうで、「選挙事務、コロナ応援業務など」「展示室監視員、街頭でのチラシ配り、前売り券訪問販売など」といった明らかに専門外の業務を強いられるケースのほか、「小規模なので館で起きることは全てし/させられる」「人数が限られているので学芸業務以外の館運営タスクも行う」など、館の規模が小さい故に、学芸員業務以外の業務に従事せざるをえないという構造的な問題を抱えたケースもある。

 なお、上記と関連し、「展覧会担当者の業務量は全体の業務の上で配慮されていますか」という問いに対しては、70パーセント近くが「いいえ」と回答。現在の業務量についても約70パーセントが「多い」と答えている。また多いときの月の残業時間については「45時間以上」が半数を超えており、学芸員の業務が過多となっていることがわかる。

 学芸員が学芸員業務以外の業務を負担する背景には、広報や作品貸出、修復など、様々なジャンルの専任担当者がミュージアムに配置されているかどうかが大きく影響する。このアンケートではそうした事情を明らかにするため、広報・作品貸出・修復について、それぞれ専任担当者の有無を調査したが、その結果はいずれも「いない」が大半となっている。

給与面(残業代の支払い、休日出勤、時間外手当、人事評価等)は適切ですか?

 業務量と相関するのが給与だ。半数の50パーセントが「適切ではない」と答えるなか、「その他」回答では以下のような意見も寄せられた。

名目上は適切。なぜなら超勤の予算が底をついたら、申請を上げないようにという指示があるから
人事評価制度が不透明でモチベーションが削がれる
残業代の支払いなどの仕組みは適切に機能していると思うが、総支給額が低い印象。契約職員のため退職金は無支給なので長く勤められる職場ではない。当館の職員は、副館長以下、学芸員・総務広報など全員が単年度の契約職員であるため、館の設置者である自治体も長期に渡り勤務する職員は必要ないと考えているのだと思われる
人事評価は提出はするがフィードバックがないためどのような評価をされたのかわからない

組織内でパワハラ/セクハラを受けた経験がありますか

 今回のアンケートでも顕著な結果となったのが、組織内におけるパワーハラスメントだ。64.9パーセントという多数がパワハラ経験ありと回答。いっぽうでセクシャルハラスメントでは「いいえ」が多くなっているものの、「はい」が22パーセントに上ることは看過できないだろう。ミュージアムでこうしたハラスメントが横行する構造は、早急な分析を要すると言える。

学芸員たちの声

 このアンケートでは、実際に経験した労務に関するトラブルについても自由記述で回答を募集したが、そこでは学芸員が直面する多様な問題が赤裸々に綴られている。そのなかのごく一部を抜粋して紹介したい。

 なお、館内における労務環境について相談できる体制については、64パーセントと多くが「ない」と回答を寄せている。博物館法の一部改正などにより、美術館に求められる役割は今後ますます大きくなることが予想される。学芸員に限ったことではないが、美術館を支えている人々のマネジメントが確実に行われて初めて、美術館そのものの魅力を向上させることにつながるだろう。

 なお本稿は現状を概観し問題提起するものであり、ミュージアムの種類や運営母体の種類・規模、また正規・非正規の雇用形態別などを絞り込んだ調査は別途求められる。美術手帖ではこのアンケートを皮切りに、継続的に学芸員労務問題を取り上げていきたい。

展覧会は当然館の業務としてやっているはずだが、上司から個人の仕事としてやっているとみなされる。展覧会の業務は膨大なので、せめて展覧会の前の準備期間だけでも他の人に肩代わりしてもらうシステムにしてほしいと伝えても、やりたい仕事だけやっていてはいけないという論理になる。しかし全ての学芸員が展覧会をやるわけではないのに他の業務を均等に割り振られると、実際に仕事は膨大になり、業務量の不均衡が解消されない。
大型企画展の主担当のほか、日常業務のほとんどを少ない人数で回している最中に、次年度の契約打ち切りの可能性を言い渡された。(1年更新の契約社員)この決定は、人事権を持つ特定の幹部による不当な人事評価によるもので、直属の上司含め学芸に関わる人間には一切の相談がなかった。最終的に自分は契約が更新されたが、以前より館内でハラスメントが横行していたことは周知の事実であり、それらを日常的に指摘してきたことなどへの報復と考えられた。
任期に限りがある職員だったため、ほかの自治体の採用試験を受験することを宣言していたところ、密室において「いまうちの町は職員がほかの自治体に流出しているため、そのようなことを言うのはやめるように」という旨の話が部長級の職員からあった。その後、起案を上げても決裁を受けられないことが続いた。
トラブルではないが、給与が安く待遇が不安定。そのことを口にすると正職員の学芸員が「不満があるなら止めれば。」と言ってくる。そんな人間が一方で「地域のボランティアやアマチュア研究者を育成したい。」など言っていて笑わせると思う。結局ただで働いてくれる人がほしいって訳だろうか。
超過勤務時間を減らすようどうにかしてほしいと訴え続けて一年、まったく管理職は動いてくれない。謝られるかクオリティを下げたらよいと言われるが、学芸員は展示内容に責任を持つ以上、そんな問題でもない。職員を育てることもなく、仕事ができる人間に丸投げしてどんどん追い詰めていくのは世の常なのか。現場の状況や専門分野を知らない管理職がどんどんと新しいことをふってくるので、雪だるま式に業務が増える一方。
業務量も多く、ほとんど休みがない月もあるほどだった。市の直営だったため、労基が介入できないという問題があった。パワハラといえるような恐喝はなくとも、ほぼ強制的に長時間労働を強いられていたと思う。
公立美術館の学芸員(任期なし正職員)をこの3月末で、うつ病のため退職した。行政の考え方と研究者としての見解の板挟みになりうつ病になった。
現職で残業が月に100時間を超えたのが2ヶ月続いた。また、組織によって学芸員の受け持つ仕事の優先順位が曖昧で、現職では広報や総務が受け持つべき仕事が(部署があるにも関わらず)企画展に関するものは一括して学芸に分担されているため本来必要な調査や研究に時間を割けない。
管理職が展覧会・イベントを多く担当しており、労務管理は二の次だった。45時間以上の時間外勤務をした月が6ヶ月に近付くと、仕事を自宅に持ち帰るよう言われていた。にもかかわらず、若手の企画に対する目がとても厳しく、同僚は企画プランでさえ何度も出し直させられていた。
開館当時の館長は学芸員資格を持ち多少の知識はあったものの現在のミュージアムや美術の事情についてまったく十分ではなく、しかし資格を持っていることのプライドからか、横暴な発言をすることもあった。
妊娠が判ってすぐ作品借用など出張を伴う業務は難しい旨伝えたが却下され、結局臨月で借用に行ったら借用先に驚かれ不快な思いをさせてしまった。
仕事への責任を感じ、問題に気づく人の仕事ばかりが増えて、業務量の偏りがひどい。ややこしい案件を担当しなければいけない人がいつも同じ。 月100時間以上の残業も頻繁にあったが、超勤を出さないでくれと言われたことは多々ある。だいたい年の後半は予算が底をつくので、残業代ゼロが続く。 
外仕事に関しては当然勤務時間外での執筆となるため、どうしてもキャパオーバーになりやすい。論文の執筆や研究発表等は、野心ではなく純粋に研究や普及のためにと、自館の活動に還元できるよう、できるだけ所蔵作品の分野に近い内容でやってきたつもりだが、学芸の同僚からは歓迎されない傾向がある。テーマを所蔵品にするよう指示されたり、現在の立場なら実績稼ぎも必要ないだろうといった指摘を受けたりするほか、外仕事を引き受けることに難色を示されることも多い。最近は執筆や発表等で声をかけてもらっても、周りの顔色をうかがって消極的になりつつある。
地方自治体の公立館の場合、そもそも地方公務員の給与は学芸員の専門的な職能に対して低すぎると思う。
海外の美術館館長が、日本の美術館が人事権を持っていないことに驚いていた。特に日本の館長人事は、最近変わってきたとはいえ、館の性格にそぐわない名誉職として年配の男性館長が暗黙理に選ばれるケースが多く、これまでの活動を無視した悪影響さえ及ぼすケースがある。美術館の館長、学芸課長の人事は、展覧会と運営両面の過去の実績を踏まえ、時流を掴むことのできる人物を選ぶべきである。