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櫛野展正連載「アウトサイドの隣人たち」:追悼、本田照男【3/4ページ】

 マーカーペン、ボールペン、油絵具、チョークなど多様な画材を用い、画用紙、キャンバス、さらには靴にまで描いた作品は、その多くが鮮やかな色彩で、故郷である西伊豆の山河などを表現していた。離婚した妻の死を知ったクリスマスの夜、妻の肖像画の上に丸・三角・四角を組み合わせた鮮やかな抽象画を描くなど、本田さんは苦難を直接的に描かず、西伊豆の原風景を鮮やかに表現することで楽しい記憶を呼び起こし、セルフケアを通じて自己救済を行っていた。まさに「描かずにはいられない」という情熱で、波乱に満ちた人生を肯定し、生きる証を刻んだ人だった。

制作中の本田さん

 印象深いのは、亡くなる直前まで本田さんと続けていたアーツカウンシルしずおかのモデルプログラム「高齢者施設における超老芸術作品を通じた対話型鑑賞と絵画制作ワークショップ」だ。超老芸術を展覧会やメディアで紹介するだけでなく、実際に活用するため、静岡県内の3つの高齢者施設で、今年1月から2月にかけて本田さんの作品を使った対話型鑑賞と絵画制作ワークショップを実施した。本田さんは事前に施設への下見を繰り返し、当日は誰よりも早く会場に到着して高齢者と談笑するなど、皆さんの輪に自然に入り込んでいた。

 対話型鑑賞では、本田さんの絵画を目にした高齢者が若い頃の富士山登山の記憶を語るなど、眠っていた長期記憶を呼び起こす効果があった。本田さんによるワークショップでは、「どんな絵を描いたらいいか」と戸惑う高齢者に対し、「丸・三角・四角を繰り返せば誰でも絵が描ける」と繰り返し伝えていた。同じ机で本田さんが丸・三角・四角を描く姿が、参加者にとって大きな創作の助けになったようだ。普段コミュニケーションが難しい高齢者が熱心に描く姿に、施設スタッフも驚きの声を上げていた。一般的な介護現場では、高齢者の自尊心を保つためスタッフが作品の完成をサポートすることが多いが、このワークショップでは高齢者が自由に描く機会を提供できた。

「高齢者施設における超老芸術作品を通じた対話型鑑賞と絵画制作ワークショップ」での本田さん

 さらに、本田さんは絵を描くだけでなく、「どの向きがあなたの心にしっくりきますか」と高齢者一人ひとりに絵の向きを問いかけ、完成後には自分のサインを残すよう促していた。

 「僕たちが幸せに天国へ行ったあとも、絵は残るんです。この絵を飾っていたら、家族がきっと思い出してくれます。できたら、次も描いてください。そして次の日も。どんどん自分の作品が溜まってきたら、毎日気持ちが明るくなるはずです」。

編集部