3つの事例
①継続取引は「過失」に影響するか? オークション会社絵画事件(東京地判平成30年8月7日)(*6)
画廊である原告有限会社おいだ美術が株式会社山下画廊に片岡球子や棟方志功の作品など複数の絵画を預けていたところ、山下画廊がオークション会社である被告Shinwa Wise Holdings株式会社のオークションに出品して販売することを委託し、被告から前渡金を受け取った。その後、山下画廊は被告とのオークションに出品して販売する委託契約を合意解除し、これら絵画を被告に売却した。原告は、山下画廊には「百貨店向けの販売」のみを委託したのであって、オークション会社への売却権限は与えていなかったとして、所有権に基づく絵画の引渡しを請求した。
この事案では、被告は数年来山下画廊と1点数千万円に及ぶものも含めた高額絵画の売買・販売委託を継続的に行い、決済もされていたという事実関係がある。また、本件の販売委託契約書上も山下画廊が所有権を有する旨の保証文言があった。さらに、裁判所は、販売委託の撤回や前渡金額が最低売却価格の100パーセントであることなど、原告が「不自然」と指摘する点も、両者の取引慣行に照らせば不自然ではないと判断した。裁判所は、盗品として被害届が提出されているわけでもなく、山下画廊に処分権限がないことが明らかになるような有効な調査手段が存在したこともうかがわれないことを指摘した。
結論として、裁判所は、被告には過失がなかったと認定し、被告による絵画の即時取得を認めて、原告の請求を棄却した。
本件では、(1)継続的な業者間取引での取引慣行から、買主側の調査義務がむしろ緩和される方向で評価され、また、(2)不審事由もなかったと評価された。被告は、山下画廊が他取引で資金繰りに窮していた事情を知り得たという原告の主張を退け、過去の売買・販売委託の積み重ねを過失を否定する方向で考慮した。
②重要文化財の特殊性 大岡寺仏像盗難事件(大津地判平成30年1月25日)(*7)

出典=「重文仏像2体を返還命令 所有権、滋賀の寺と判断」日本経済新聞(2018年1月26日)https://www.nikkei.com/article/DGXMZO26167160W8A120C1AC1000/
宗教法人である原告、安楽寺は、平成27年1月25日、訴外Cから重要文化財に指定された仏像2体(昭和25年8月29日指定。「木造千手観音立像」と「木造阿弥陀如来立像」)の寄進(贈与)を受けたとして、即時取得による所有権取得を主張し、被告に対して所有権の確認を請求した。いっぽう、宗教法人である被告、大岡寺はもともとの登録所有者であり、本件の仏像は平成13年1月29日に保管先から窃取されて行方不明となっていた。原告は、仏像の引渡しを受けるに際し、文化庁文化財部美術学芸課とE警察署に被害届が出ていないことを確認したと主張した。
原告は、被告代表者の署名押印がある本件仏像の譲渡書、本件仏像の譲渡に係る被告の責任役員会議事録や本件仏像の所有者の変更の届出に係る委任状を所持していたほか、平成18年6月9日付けの被告代表者の印鑑証明書、代表者事項証明書、被告の履歴事項全部証明書を所持していた。なお、贈与主張時点から約10年前の平成18年6月9日において、被告代表者は、白内障により視力右0.00・左0.02であり、身体障害者手帳の交付を受けていた。そして、被告は、被告代表者が平成18年6月9日頃、盗まれた本件仏像を取り戻してくれるというので、数通の書類に署名押印したことがあったが、強度の弱視のため、その記載内容を確認できておらず、また、被告代表者とその妻は、本件仏像を取り戻すために印鑑証明書を取得したことがあったと主張していた。
裁判所は、(i)文化財保護法は重要文化財の所有者変更届出義務や有償譲渡制限を定めており(*8)、また、重要文化財が正規の取引によって転々流通すること自体考え難いことから、「重要文化財については実際の所有者と登録されている所有者が異なることは想定し難い」上、原告もこれを認識していたこと、(ii)仏像とともに交付された譲渡書・責任役員会議事録・所有者変更届出に係る委任状の譲受人欄及び日付が空欄であり、添付された印鑑証明書・代表者事項証明書等が贈与主張時点から約10年も前の平成18年6月9日付であったことから、「本件各仏像の来歴について疑念が生じてしかるべきであった」、(iii)文化財保護法に基づく登録所有者である被告に対して所有権の所在を確認することは極めて容易であったにもかかわらず、これを行わなかったことを指摘した。被害届の有無を文化庁と一つの警察署に確認しただけで訴外Cを所有者と信じたのは「本件各仏像という目的物の特殊性からして安易にすぎる」として、譲受人として通常尽くすべき注意を払っていなかったと判断した。
結論として、裁判所は、原告には過失があったと認定し、原告による仏像の即時取得を否定した。
本件では、(1)重要文化財という法令上の登録制度から、登録所有者への確認という具体的な調査確認義務を導いている。また、(2)譲渡書や印鑑証明書から不審事由があったといえるだろう。
③登録証原本を伴わない重要刀剣の売買 重要刀剣事件(東京地判平成23年3月17日)(*9)
美術刀剣業者である原告が訴外丁原に登録刀剣を預託したところ、丁原は翌日に美術工芸品販売業者である被告に対して、代金450万円・買戻条件付で売却し、引渡しもなされた。ただし、この預託は販売先を見つけるためであり、原告の承諾なく売買をすることがないように登録証は原本ではなくコピーのみが交付された経緯がある。原告は、被告に対して、所有権に基づき登録刀剣の引渡しを請求した。
この刀剣は、財団法人日本美術刀剣保存協会によって重要刀剣と指定された太刀で、京都府文化財保護委員会が銃砲刀剣類所持等取締法(以下「銃刀法」)に基づき美術品として価値ある刀剣類として登録し、登録証を交付しているものであった(*10)。
銃刀法は、登録された刀剣の譲渡・貸付・保管等にあたり登録証を伴わせることを義務付けている(*11)。そのため、刀剣業界では登録証原本の確認と交付が当然の慣習とされている。被告もホームページで「日本刀に関しては、正しい登録証が品物に添付されていなければ契約ができません」と表明していた。それにもかかわらず、被告は、丁原に登録証原本の交付を求めたものの「探して持ってくる」程度の応答しか得られないまま契約を締結し、その後も友人関係から厳しく問い詰めることなく原本の交付を受けていなかった。
さらに、丁原は、本件売買に先立って、平成18年12月頃、原告から委託販売として預かった刀剣「豊後行平」を、被告に対して、期限内にこの刀剣の代金額及びこれに対する利息を支払えば買戻すことができるという買戻し条件付で売却し、平成19年2月頃、同様に訴外甲田梅夫から委託販売として預かった刀剣「波平行安」を、被告に対して、同様の買戻し条件付で売却し、この代金で「豊後行平」を買い戻し、さらに、同年2月25日、本件売買を行い、この代金で「波平行安」を買い戻していた。このように、被告は丁原が買戻条件付売買を繰り返して資金繰りに窮していると容易に想定できた。
結論として、裁判所は、被告には過失があったと認定し、被告による登録刀剣の即時取得を否定して、原告の請求を認容した。
この事案では、(1)業界の慣習に従っていないこと、しかも自社が公言していた基準を破ったことが調査確認義務の違反として考慮された。また、(2)被告は丁原が買戻条件付売買を繰り返して資金繰りに窮していると容易に想定できた点でも不審事由があった事案といえる。
*6──東京地判平成30年8月7日判タ1472号210頁。島田真琴『アート・ロー入門』(慶應義塾大学出版会、2021)23頁参照。
*7──大津地判平成30年1月25日(平成28年(ワ)143/平成29年(ワ)280)。
*8──所有者変更届出義務につき文化財保護法32条、有償譲渡制限につき同法46条。
*9──東京地判平成23年3月17日判時2121号88頁。
*10──銃刀法14条1項。
*11──銃刀法18条1項、2項。



















