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統計データから見る日本美術界のジェンダーアンバランス。シリーズ:ジェンダーフリーは可能か?(1)

世界経済フォーラム(WEF)による2018年度版「ジェンダー・ギャップ指数」で、日本は「調査対象の149ヶ国中110位」という低順位であることが明らかになったが、日本の美術界の現状はどうか。美術手帖では、全11回のシリーズ「ジェンダーフリーは可能か?」として、日本の美術界でのジェンダーバランスを取り巻くデータ、歴史を整理。そして、美術関係者のインタビューや論考を通して、これからあるべき「ジェンダーフリー(固定的な性別による役割分担にとらわれず、男女が平等に、自らの能力を生かして自由に行動・生活できること)」のための展望を示していく。第1回では、社会学者の竹田恵子が美術大学、美術館に関する男女比のデータを読み解く。

文=竹田恵子 編集協力=木村奈緒

ゲリラガールズによる「女は裸にならないとメトロポリタン美術館に入れないの?」と書かれたポスターDo Women Have to be Naked to Get Into the Met. Museum? 2012. Copyright© Guerrilla Girls Courtesy of guerrillagirls

はじめに

 あいちトリエンナーレ2019で芸術監督を務める津田大介が、参加アーティストの男女比を半々にすると宣言し、大きな話題となっている。

 本連載の第1回は『美術手帖』編集部が独自に調査した資料をもとに、筆者が比較対象となる資料を一部加えながら、統計データから日本アート界のジェンダー構造を浮き彫りにすることを目的とし、アート界における女性の大学入学以降のキャリア形成をめぐる問題点を指摘する。統計的なデータが存在しなかったことからトランスジェンダーやXジェンダーの学生比率について加えることができなかったことを本稿の限界であるとして提示し、今後の課題としたい。

 ジェンダーの視点から分析するにあたり、使用するデータは以下についてのものだ。全国55の美術館正規職員(学芸員および館長)、現代美術作品を多くコレクションする国公立の美術館収蔵作品(東京都現代美術館、東京都写真美術館、国立国際美術館、東京国立近代美術館)、美術大学(東京藝術大学、多摩美術大学、武蔵野美術大学、東京造形大学、美大B[匿名希望])の教員数、志願者数、入学者数である。美術大学は全国受験者数の多い上位5校とし、首都圏に偏りがある点は指摘しておく。アンケートと調査によってデータを得られた年度は不揃いであったため、本稿では近年の傾向を調査する場合、[図2]以外、すべての大学でデータが揃う2016年度以降のものを用いることとした。また、データから見られる傾向はアート界のみなのかどうかを明確にさせるために、関東圏内、偏差値、国公立か私立かといった条件を揃えた一般大学のデータを比較対象とした(*1)。教員に関しては、美術大学・一般大学ともに助手は含めず、正規雇用の助教、講師、准教授、教授について調査し、最新のデータを用いている。

1. 美術大学をめぐる分析

 あいちトリエンナーレ2019に際して津田が実施したインタビューでは、美術大学において女子学生が多いにもかかわらず圧倒的に女性教員が少なく男性教員が多いというジェンダー構造が指摘されていた。また、ジェンダー構造が起因すると見られるハラスメントも報告されていた。例えば以下のようなものである(*2)。

Aさん 不平等とか差別はメシの種みたいな環境のせいか、当時はあんまり気にしていなかったけれど、そういえば女性の教員はいなかった。飲みニュケーションはすごく多く、お酌は普通のこと。先生の制作に関わる時に、体力勝負の現場だとやっぱり男子学生のほうが重宝される。大学院進学には、先生との太いパイプをいかに作るかが重要なので、先生の制作を手伝うことは必須。ちなみに私は奇抜な不思議ちゃんというより普通のギャルっぽい見た目だったせいか、教授からは「ギャルなのになんで真面目に絵を描こうとしてるの?」とよく馬鹿にされていた。   Cさん(一部抜粋) 大学時代、男性教授と作品性について話し合う中で「そんなこと言うなら脱げないと説得力ないぞ。そこまでの覚悟も持ってないで、そんな事言うのか?」と言ってきて、つい私もそれを疑わず言われるがままにヌード写真作品を提出してしまった。今、考えれば無視しとけばよかったのに、あのときは教授の言うことは真実だと思っていたから。

 [図1]は美術大学の女性入学者割合の年度推移を示したものである。データを得られなかった年度については表示されていない。女性入学者割合はゆるやかな増加傾向にあると言える。

 [図2]をご覧になっていただきたい。筆者は、各大学の女性入学者(美術大学)/在籍者(一般大学)と教員の割合を比較した。すべて在籍者数とすべきであったが、得られたデータの関係上、また、留年者、退学者が多少存在するとしても入学者・在籍者の女性の割合はほぼ等しいと推測されたためこのような処理を行った。一般大学に関してはウェブサイトで公開されているデータを使用したが、年度を揃えるために美術・一般大学ともに2018年度のデータを使用している。

 結果、美術大学と一般大学には大きな違いが見られた。美術大学のほうが、一般大学と比べて女性入学者の割合が大きく、女性教員の割合が小さいことがわかる。もっとも女性教員と女性入学者の割合の差が大きかったのは、東京藝術大学で55.2パーセント、もっとも小さかったのは関東学院大学で1.9パーセントだった。美術大学は教員と学生の割合の差が40~50パーセント台であるのに対し、一般大学では調査したうちでは元も差が大きかった首都大学東京でも19パーセントにとどまった。

 教員と学生という圧倒的権力差と属性が固定されてしまうと、ステレオタイプの固定化につながり、またその押しつけが起こってしまう可能性がある。女性の学生にとってのロールモデルが少なく、アスピレーション(自己実現のための熱意)の維持が難しい。さらに、ジェンダー構造に起因するハラスメントに対して脆弱になってしまう恐れがある。

 [図3]は、美術大学の合格率の平均値である(*3)。合格率自体は、男女ともに東京藝術大学が飛びぬけて低い。合格者と入学者の差は東京藝大ではほとんどないが、ほかの美術大学では半数以上の合格者が入学を辞退することもあり、辞退者を見込んで合格者数を決定しているだろう。

 本調査ではとくに興味深い事実が発覚した。東京藝術大学のみ男性の合格率のほうが女性の合格率よりも高くなっている。念のため、近年だけでなく揃っているデータすべての平均値についても調べてみたが、同様の傾向にあった。

 [図4]は、美術大学における合格率の男女差である。東京藝大を例にとれば、2018年度、男性が女性の1.35倍の割合で合格していることになるが、ほかの美術大学では男性は女性の0.70倍から0.72倍の合格率となっており、東京藝術大学の特殊性が指摘できる。

 東京医科大学病院が一律に女性や浪人回数の多い受験生を不利に扱っていたことが大きな問題となり、文科省が初めて所管する81大学の男女別合格率を調査したという報道がある。結果、18年度は約1.22倍で男性の合格率が高かった。他の理工系学科のほとんどが男女差がない、または女性の合格率が高かったため不自然さが指摘されていたという(*4)。美術大学のトップ校である東京藝術大学は女子学生のキャリア形成の面でも非常に重要な役割を果たしていると考えられる同校の合格率の特殊性をめぐる要因について、現時点では明確ではないが、注意深く要因を究明していくことが必要であろう。

 また、教員の女性割合に関しても東京藝術大学は特徴がある。民間企業でも大学でも地位が上になればなるほど女性比率は小さくなる傾向(*5)にあるが 、東京藝術大学の教授の女性比率はわずか2パーセントにとどまる。衝撃的である。教員/学生間のみならず、教員の間においてもジェンダーをめぐって極端なピラミッド構造があると考えられる。一般大学では東京大学の女性教授の割合が7.8パーセントと非常に少ない。いっぽうで美術大学においても、多摩美術大学や武蔵野美術大学などは、比較的教授職の女性比率が大きいといえるだろう。

2.美術館をめぐる分析

ゴリラのマスクを被った匿名のアーティスト集団ゲリラ・ガールズ(Guerrilla Girls)がニューヨークで結成されたのは1985年で、いまから30年以上も前のことだ。ゲリラ・ガールズはアクティヴィスト的な手法で活動し、「女は裸にならないとメトロポリタン美術館に入れないの?(Do Women have to be naked to get into the Met. Museum?)」と書かれた作品を発表した。同作品にはメトロポリタン美術館における近代美術のコレクションの5パーセント以下の作品が女性作家によるものだったのに対し、85パーセントのヌードが女性のものだったという事実も書かれている(*6)。

 それでは日本のアートワールドの状況はどのようなものになっているだろうか。本稿では、東京都現代美術館、東京都写真美術館、国立国際美術館、東京国立近代美術館という、国公立の美術館の収蔵作品の男女比について2019年1月時点でのデータを分析した。「性別不明」というカテゴリは、作者の性別がわからないもの、グループ、企業等である。 

 結果、依然として男性作家による作品が78パーセントから88パーセントを占めていることが判明した([図5参照)。女性作家による作品は10パーセントから13パーセントにとどまっている。ただし、海外の美術館においても女性作家の作品は無視されているという批判はある。体系的なデータは得られていないが、美術批評家のジェリー・サルツは2013年、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の常設展における女性作家の作品は8パーセントであると述べている(*7)。したがってこれは日本独自の問題ではないだろう。しかし、批判がすでに存在しているということは重要であり、美術館に作品が収蔵されることは、キャリア形成のうえで重要な問題である。女性作家が理由なく排除されないように引き続き努力していく必要はあるだろう。

 次に全国美術館55館(国公立、私立、独立行政法人すべて含む)における館長、学芸員、総務課職員の男女比を分析する(図6参照)。データは2019年2月にアンケートによって取得したものである。興味深いのは総務課職員の男女比がもっとも均等に近いが、学芸員は女性比率が74パーセントとかなり大きくなっていることだ。さらに館長になると男性比率が84パーセントと、学芸員と比べても男女差が大きくなり、また比率が逆転していることである。全国的な現象であるが、末端には女性比率が大きく、地位が高くなると男性比率が大きくなる傾向が表れている。比較対象として十分ではないが、日本の主要企業におけるCEOの女性比率は、5パーセント以下である 。しかし、学芸員の女性割合の大きさを考えれば、館長クラスのジェンダー比率も再考すべきであろう。ここにも、女性のキャリア形成をめぐる障壁が存在することが指摘できる。

おわりに

 以上、美術大学、美術館をめぐる統計データから日本アート界のジェンダー構造について考察を行った。結果、非常に厳しい男女格差があることが確認できた。この格差は、とくにアート界におけるキャリア形成の面で女性に不利に働いており、改善が望まれる。したがって、あいちトリエンナーレ2019のような試みは非常に興味深く、またこの流れに続く試みが出てきてほしいと思う。

 このような格差を問題化することは、筆者が2015年から企画・運営として関わっている、東京大学を拠点とした「社会の芸術フォーラム」の使命にも重なる。「社会の芸術フォーラム」はアートと社会を架橋することを目指し、ジェンダー/セクシュアリティ、人種、民族、階層等の問題についてレクチャー・シリーズを実施してきたが、本稿におけるデータを分析して改めて問題の深刻さを確認できた。今後筆者もできる限りこの問題について考え、行動していく所存である。

*1ーー一般大学を選定した理由は、(美術大学と一般大学では一概に比較できないとしても)首都大学東京の場合、東京藝術大学と偏差値がほぼ同様であったことを基準にした。関東学院大学の偏差値は武蔵野美術大学とほぼ同様であった。偏差値の確認にあたっては、みんなの大学情報(https://www.minkou.jp/university/)を参考にした。東京大学については補助的に公式サイトで公開されているデータを使用し、参考にしている。なお、東京藝術大学のみは一般入試とごく少数の帰国子女枠の入試をもとにしたデータであるが、他の美術大学は一般入試、センター試験利用入試など推薦入試なども合算したデータである。
*2ーー「セクシズムに満ちた美術界の構造を破壊する。津田大介があいちトリエンナーレ2019芸術監督をやる理由」(https://wezz-y.com/archives/64856[2019.5.28閲覧])
*3ーー美大Bのみ、合格者のデータを手に入れることができなかったため志願者と入学者のデータを使用している。
*4ーー貞国聖子;矢島大輔「医学部入試、男女の合格差縮まる。19年度、1.09倍」(朝日新聞2019年5月22日 https://digital.asahi.com/articles/ASM5P52BGM5PUTIL01W.html[2019.5.28閲覧])
*5ーー内閣府男女共同参画局 男女共同参画白書平成30年度版(http://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/h30/zentai/html/zuhyo/zuhyo01-02-11.html[2019.5.28閲覧])
*6ーーFemale Artists: Still in the Shadows
https://www.ft.com/content/e383f9a0-2432-11e7-a34a-538b4cb30025
[2019.5.28閲覧]) ただし、ゲリラ・ガールズが言及する数値は作品によって多少異なり、本記事における図版と参考文献の図版にも違いがある。
*7ーー筒井淳也『仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか』(中公新書、2015)
*当該データは2019年時点のものである。

編集部

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