
「ヤン・ヴォー ーォヴ・ンヤ」から「New Photographic Objects」まで、8月のレビューをプレイバック
美術手帖では、批評家や学芸員らによる展覧会レビューを毎月掲載。そのなかから、8月に公開された全8本をお届けする。各レビューの詳細はリンクから全文をチェックしてほしい。

美術手帖では、批評家や学芸員らによる展覧会レビューを毎月掲載。そのなかから、8月に公開された全8本をお届けする。各レビューの詳細はリンクから全文をチェックしてほしい。

京都・KUNST ARZTで、同ギャラリー代表でアーティストの岡本光博が企画する「天覧美術 御所編」展が開催。岡本のほか、木村了子、小泉明郎、鴫剛、藤井健仁が参加した。天皇制をめぐるタブーを中心に、政治や表現の自由などのテーマを扱った作品で構成された本展を、清水穣がレビューする。

LEESAYA(東京・下目黒)にて、髙橋銑、二藤建人、宮原嵩広によるグループ展「In a Grove」が開催。先が見えない状況のなかで、作品を通して世界を実感し、正確にとらえることを試みる本展を、文化研究者の山本浩貴がレビューする。

コロナ禍で増加したオンラインの展覧会や上映。卯城竜太らは鑑賞者を限定したフィジカル展とオンライン展からなる「ダークアンデパンダン」を、布施琳太郎は、ひとりずつしかアクセスできないウェブサイトを会場とした「隔離式濃厚接触室」を、大岩雄典は、真っ白なウェブページのなかで作品を探索するオンライン展示「遭難 Getting Lost」をそれぞれ開催した。現代の遠隔通信が持つ空虚や滑稽さと、それらを批評的に扱った3展について、椹木野衣がレビューする。

埼玉県立近代美術館で、現代日本のアーティストによる新たな写真・映像表現に焦点を当てた「New Photographic Objects 写真と映像の物質性」展が開催中だ。「物質性」というテーマと背後にあるジェンダー意識について、写真研究者のダニエル・アビーが論じる。

渡辺志桜里と渡邊慎二郎、2人のアーティストの作品が入れ子状に展開され、人間や動植物といったあらゆる存在のつながりや関係へと思考を促す「Dyadic Stem」展。新たな世界のヴィジョンを模索する本展について、アーティスト/キュレーターの黒沢聖覇が論じる。

個別にアーティストとして活動しながら、共同制作を行ってきた青木陵子+伊藤存。この二人による展覧会「変化する自由分子のWORKSHOP」が、東京・神宮前のワタリウム美術館で開催された。2017年と2019年に参加したリボーン・アートフェスティバルでの滞在制作を経た二人が展開する「ワークショップ」を、小説家の福永信がレビューする。

美術手帖では、批評家や学芸員らによる展覧会レビューを毎月掲載。そのなかから、6・7月に公開された全13本をお届けする。各レビューの詳細はリンクから全文をチェックしてほしい。

共同体パープルームを主宰するアーティスト、梅津庸一のキュレーションによる企画展が、日本橋三越本店内のギャラリーで開催された。ステートメントによれば、「造形」の変遷を軸として、日本における「美術なるもの」にまつわる魔術性や禍々しさに言及することが本展の狙いとされている。はたして会場で剥き出しにされたものとは何か。東京ステーションギャラリー学芸員の成相肇が分析する。

ベトナムからの難民という背景を持つヤン・ヴォー。歴史や記憶をまとった彫刻や物を、切断・再構成するスタイルで世界的に注目を集めてきた。その一見不親切で、鑑賞者に「戸惑い」を感じさせる作品の意図とはなんであろうか。日本では初となる美術館での個展について、マルセル・デュシャンを専門に近現代の美術史研究を続ける、平芳幸浩が読み解く。

青森公立大学国際芸術センター青森(ACAC)にて、3名のアーティストが青森市教育委員会が所蔵する民俗資料や文化財を用いたインスタレーションを展観する本展。新型コロナウイルスの影響による開催延期に際して、動画公開などウェブコンテンツを充実させるなどの展開をみせた。それに対し、「観られない立場」から、インディペンデント・キュレーターの若山満大がレビューする。

身体と演じること、眼差しと欲望、セクシャリティとジェンダーについて、多様な角度からアプローチを重ねてきたふたりのアーティスト、遠藤麻衣と百瀬文が、男と女、自然物と人工物などに二分されることのない、新たな性のあり方を探る展覧会「遠藤麻衣×百瀬文 新水晶宮」(TALION GALLERY)。本展を、依然として強い性差別やジェンダーギャップが残る世界の現状を踏まえ、小田原のどかがレビューする。

東京藝術大学大学院の国際芸術創造研究科が主催するグループ展「Alter-narrativesーありえたかもしれない物語ー」が、6月1日〜30日に開催された。コロナ禍においてオンライン上での開催となった本展を、文化研究者の山本浩貴がレビューする。

4月に開催予定だった青木野枝の個展「微塵」は、緊急事態宣言を受け開催を延期。その後、gallery21yo-jのウェブサイトにて、本展の展示風景を記録した中川周による動画が公開された。「記録」であると同時に、中川の「作品」といった両義的な性質をもつこの記録動画に着目し、中島水緒がレビューする。

東京都写真美術館の「写真とファッション」展は、新型コロナウイルス感染症の影響による休館を経て、7月19日まで開催。長年にわたり文化誌『花椿』の編集者を務めた林央子を監修に迎え、アンダース・エドストローム、髙橋恭司、エレン・フライス×前田征紀、PUGMENT、ホンマタカシが参加した。1990年代以降の写真とファッションの関係を再検証する本展を、写真批評家/写真史研究者の調文明がレビューする。

神奈川・相模原のパープルームギャラリーで「常設展」(4月28日~5月5日)に続き開催された「常設展Ⅱ」。新型コロナウイルスの影響下、梅津庸一率いるパープルームが「常設展」の名の下に見せたかったものとは何か、松下哲也が論じる。

京都文化博物館で今年1月から展示された、現代美術のユニットKOSUGI+ANDO(小杉美穂子・安藤泰彦)と映像作家の伊藤高志、稲垣貴士、哲学者の吉岡洋による映像インスタレーション作品《BEACON 2020》と、オンライン上で展開されるプロジェクト「目を凝らそ」。コロナ禍によって世界の見え方が大きく変わるいま、京都の路上に焦点を当てた両展を、アートメディエーターのはがみちこが論じる。

世界各地の美術館や文化組織と協働し展覧会などを行うカディスト・アート・ファウンデーションと東京都現代美術館の共同企画展「もつれるものたち」は、新型コロナウイルスの影響を受け、3ヶ月遅れで公開中だ。12組のアーティストによる、ものをめぐる多様な思索を通じて現代社会を新たな視点でとらえようとする試みを、馬定延がレビューする。

「美術作品としての唯一性は作品の所有権のみに委ねられる」。この定義をもとに制作された、故フェリックス・ゴンザレス=トレスによる《無題(角のフォーチューン・クッキー)》(1990)。最初の発表から約30年を経た今日、本作はアフターコロナの世界に対するアート界からの提案として、個人宅を中心とした世界中の1000ヶ所で同時に展示されている。本展をキュレーターの檜山真有はどう見ただろうか。

1980年代におこった台湾ニューシネマを代表する映画監督、エドワード・ヤン。『ヤンヤン 夏の想い出』は2000年に公開され、カンヌ国際映画祭監督賞を受賞するも、ヤンの遺作となった作品である。台湾の社会を見つめ続けてきたヤン監督が本作に込めた問いに、現代の私たちはどう応答できるか。キュレーターの飯岡陸がレビューする。