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音を奏でるのは誰か? タレク・アトゥイがテート・モダンで問い直す、創造と協働のかたち【3/3ページ】

歓待はどこまで政治的か

 この開かれた構造を、アトゥイは「ホスピタリティ」という言葉で説明する。参照したのは、中国で文人や音楽家が庭園や広間に集った「雅集」、そしてアラブ世界や、北アフリカ先住のアマジグの人々に伝わる「歓待」の文化だった。タービン・ホールを自作によって占有するのでなく、多様な来館者に「返す」。急いで通り抜ける人、昼食をとる人、石に横たわる人、演奏する人。その異なる速度をひとつの場が受け止める。キュレーターのナビラ・アブデル・ナビが作品を「立ち止まり、ゆっくりする」機会と説明した際、作家が「速くてもいい」と応じたことは象徴的だ。この応答には、鑑賞のあり方をひとつに定めない歓待の精神が表れている。

ヒュンダイ・コミッション:タレク・アトゥイ《Hold》の展示風景 © Tate. Photo by Yili Liu

 こうした自由を支えているのは、作家による緻密な設計だ。先にあげた『フリーズ』誌の対談でアトゥイは、時にホストとなり、時に演奏し、時に指示を出すと語っている(*8)。他者を迎えるには、各人の技能や背景が生かされる条件を注意深く整えなければならない。共作においても作者の権限はかたちを変えて働き続ける。その権限をどう用いるかが問われる。巨大なシステムを作曲する主体と、そのなかで自由に応答する人々との緊張関係にこそ、本作の興味深さがある。

 アトゥイは、2016年のテートでの仕事がブレグジット(イギリスのEU離脱)の時期と重なったことに触れ、今回の展示を英国とヨーロッパ、西アジアなどを結び直す機会として構想したという。音楽が政治的問題を直接解決するのではなく、他者の音に耳を傾けることから対話の前提が生まれる。これを別の角度から照らすのが、『Diptyk』のヴァミカ・シンハによる展評だ。筆者はパレスチナ、レバノン、イラン、スーダンの破壊を伝える映像にさらされ、視線が硬化していく感覚から書き始め、低音が身体に働きかける《Hold》に、別の知覚の可能性を見いだす(*9)。こうした読解を、作品の政治的な効力と直ちに同一視することはできない。それでも、映像を通じて世界を把握する習慣からいったん離れ、音や振動を介して他者と場を共有する経験には、対話に先立つ感覚の働きが潜んでいる。

スペクタクルの、その先へ

 タービン・ホールには、アニッシュ・カプーアの《Marsyas》(2002)、オラファー・エリアソンの《The Weather Project》(2003)、カーステン・ヘラーの滑り台(2006)、ドリス・サルセドの亀裂(2007)といった、強い視覚的記憶が堆積している。アトゥイは今回、太鼓や管、床の裂け目を思わせる形状に、こうした先行作の痕跡を遊び心をもって織り込んだと語る(*10)。そうした先行作の存在感の大きさに応答しながら、アトゥイは作品の尺度を、視覚的な衝撃から、観客が過ごす時間と感覚の多様さへと移し替えようとしている。

 音の仕組みが来館者にどこまで伝わり、演奏のない時間にどのような経験が生まれるのか。その評価には、再訪を重ねる必要があるだろう。しかし、《Hold》が問いかけるのは、音楽をどのように聴くかという問題だけではない。

ヒュンダイ・コミッション:タレク・アトゥイ《Hold》の展示風景 © Tate. Photo by Yili Liu

 楽器を生み出す職人、即興演奏を重ねる音楽家、そして耳を澄ます来館者。彼らの営みが交差するたび、《Hold》は異なる姿を現す。その自由の内側には、なお作家の判断が働いている。アトゥイは楽器やプログラムを設計し、音が生まれる仕組みを組み立てながら、その一部を演奏家や環境の働きに開いている。

 創造の主体は、ひとりの作者に収まることなく、演奏する者と応答する者のあいだを行き来する。作曲する者と聴く者の境界は、作品が鳴り続けるかぎり、そのつど引き直される。誰が音を奏でるのか。そして、誰がその音に耳を傾けるのか。そのふたつの問いの往復に、《Hold》の核心がある。

*1──Hyundai Motor Company and Tate, “Hyundai Motor and Tate Announce the Opening of Hyundai Commission: Tarek Atoui: Hold,” 12 October 2026. https://org.hyundai.com/worldwide/en/newsroom/detail/0000001286
*2──Patrick Langley, “Tarek Atoui’s Echo Chamber,” ArtReview, 7 October 2026. https://artreview.com/tarek-atoui-echo-chamber-feature-patrick-langley/ 併せて参照:Center for Deep Listening, “Deep Listening,” https://www.deeplistening.rpi.edu/deep-listening/
*3──Tarek Atoui, interview, The Lync, https://thelync.fr/tarek-atoui/; Studio Tarek Atoui, “The Reverse Collection,” https://tarekatoui.com/research/the-reverse-collection/; Brian Kane, Sound Unseen, Oxford University Press, 2014, chap. 1. https://academic.oup.com/book/4854/chapter-abstract/147190394
*4──Ben Luke, “‘I see the Turbine Hall as a sound vessel’: artist Tarek Atoui on his Tate Modern commission,” The Art Newspaper, 12 October 2026. https://www.theartnewspaper.com/2026/10/12/turbine-hall-sound-vessel-artist-tarek-atoui-on-his-tate-modern-commission
*5──Tarek Atoui and C. Spencer Yeh, “Tarek Atoui on Hospitality, Collaboration and Expanding Musical Instruments,” frieze, 8 January 2025. https://www.frieze.com/article/tarek-atoui-c-spencer-yeh-interview-248
*6──Ben Luke、前掲記事(*4)。
*7──Hyundai Motor Company and Tate、前掲記事(*1)。
*8──Tarek Atoui and C. Spencer Yeh、前掲記事(*5)。
*9──Vamika Sinha, “Sounds for Tired Eyes: Tarek Atoui at Tate Modern,” Diptyk, 16 October 2026. https://www.diptykmag.com/en/sounds-for-tired-eyes-tarek-atoui-at-tate-modern/
*10──Ben Luke、前掲記事(*4)。

編集部