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音を奏でるのは誰か? タレク・アトゥイがテート・モダンで問い直す、創造と協働のかたち

ロンドンのテート・モダンで、タレク・アトゥイによる大型インスタレーション《Hold》が公開されている。世界各地の楽器製作技術を取り入れた装置が、巨大なタービン・ホールを絶えず変化する音響空間へと変える。職人、演奏家、来館者、そして建築そのものが音の生成に関わる本作は、創造の主体が誰にあるのかを問い直す。音を介した協働と「歓待」の可能性を読み解く。※11月8日24時まで、すべての方に全文お読みいただけます。

文=島田浩太朗

ヒュンダイ・コミッション:タレク・アトゥイ《Hold》の展示風景 © Tate. Photo by Yili Liu

 ロンドンのテート・モダン、その巨大なタービン・ホールの天井から、長大な管楽器や円形の太鼓が吊り下がる。淡い光を帯びた太鼓の皮、幾筋もの白い布、床に置かれた石。そこでは、風が管を鳴らし、不意に打楽器が響き、低音が身体を震わせる。音の発生源は必ずしもひと目で判別することはできない。視線を上方へ引き上げる物体と、空間を横断する目に見えない振動。そのずれが、元発電所の空間を、立ち止まり、座り、耳を澄ますことのできる場へと変える。

 1980年レバノン生まれ、パリを拠点に活動するタレク・アトゥイによる《Hold》は、ヒュンダイ・コミッションの第11回として、10月13日から2027年4月11日まで公開されている。世界各地の楽器製作の技術をもとにした独自の装置と、電子制御や演奏家による即興とを組み合わせ、会期を通じて変わり続ける音響環境をつくり出す。彫刻的な楽器を配置するだけにとどまらず、ホールそのものをひとつの演奏可能な装置へと変容させようという試みである。ここは高さ約35メートルの空間で、美術館を訪れた人が展示を目指さずに通り抜けることもある。反響や人の声、刻々と変わる空気の流れは、音楽の上演ならば制御すべき不確定要素かもしれない。アトゥイはそれらを排除せず、作品を成立させる条件として受け入れる(*1)。

タレク・アトゥイ、イッセイ ミヤケのプレゼンテーションにて(パリ、ポンピドゥー・センター、2025年10月) Photo © Luna Conte

楽器から始まった十余年

 アトゥイは電子音楽と即興演奏から出発した。フランスで電子音響音楽を学び、アムステルダムの実験音楽の拠点STEIMでも活動した。2000年代からワークショップを重ね、2012年頃にはろう者との協働を軸とする《WITHIN》を展開。振動を手や身体で感じ取る試みを通じて、音楽の経験を耳で聴くことだけに限定しない可能性を探ってきた。『ArtReview』によれば、アトゥイは米国の実験音楽家ポーリン・オリヴェロス(1932〜2016)とも協働した。彼女が提唱した「ディープ・リスニング」は、旋律に加えて足音や空調など普段聞き流す音にも注意を向ける実践だ。そうした聴取の広がりは、今回の《Hold》にも通じている(*2)。

 彼の制作において転機となったのが、2014年のベルリンでの《The Dahlem Sessions》からメキシコシティの《The Reverse Sessions》を経て、2016年にテート・モダンで発表された《The Reverse Collection》に至る一連のプロジェクトである。博物館に収蔵された楽器の音を録音し、その音だけを手がかりに職人に新たな楽器を考案してもらう。通常の「楽器をつくってから音を鳴らす」順序が反転し、演奏と製作が循環する。10月12日の会見で作家は、この経験を、ひとりで電子機器を操作する演奏から、職人や音楽家と共有する制作へと移行した節目として振り返った。

タレク・アトゥイ《The Rain》(2023–24)。ブレゲンツ美術館(2024)の展示風景より Photo by Markus Tretter

 この制作過程は、フランスの作曲家ピエール・シェフェール(1910〜95)が1940年代末に始めた「ミュジーク・コンクレート」の系譜からも読み解ける。録音を作曲の素材とした彼は、音が何から生じたかをいったん脇に置き、響きそのものを聴き取る「音響オブジェ」の考えを深めた。いっぽう、アトゥイは録音された音から、音を出す物体を新たに制作する。シェフェールが聴取において音と発生源の結びつきを緩めたとすれば、アトゥイは音を手がかりに、職人の技術と演奏を伴う別の結びつきをつくる。作家自身もシェフェールらの影響を認めながら、録音を展示や演奏の経験へと開こうとしている(*3)。

 その後も、異なる作品の楽器を組み替えた岡山芸術交流2019の《The Wave》、港湾都市の水中音や産業の記憶を探る《Waters’ Witness》(2015-)、韓国の太鼓づくりを発展させた《The Rain》(2023-24)などを通じて、音をつくるための「道具」と、他者との関係の双方が蓄積されてきた。《Hold》では、十余年をかけて育てた楽器の語彙が、巨大な建築のなかで新たな作曲へと編み直される。

タレク・アトゥイ《Waters’ Witness》。ピレリ・ハンガービコッカ(ミラノ、2025)の展示風景より Photo © Rasa Juskeviciute

編集部