東京・日本橋の皇居三の丸尚蔵館で、同館のグランドオープンを記念した特別展「皇室の至宝—美いづるところ」が11月3日に開幕。会期は27年1月24日までで、前期、中期、後期の3期で展示替えを行う。担当は同館主任研究員の田中純一朗。
本展は皇室が受け継いできた日本美術の至宝190件を3期にわたり紹介するとともに、正倉院宝物を皇居内で初めて一般公開するほか、明治時代に皇室所有となった法隆寺献納宝物が一堂に会する展覧会となっている。

三の丸尚蔵館の歴史は、1989年、当時の天皇陛下(現・上皇陛下)と香淳皇后によって、皇室に代々受け継がれてきた絵画や書、工芸品、歴史資料などが国に寄贈されたことに始まる。その保存、研究、公開を目的として1993年11月に「宮内庁三の丸尚蔵館」が開館。その後も旧秩父宮家や旧高松宮家、三笠宮家などからの寄贈品が加わり、現在では約6300件(うち国宝10件、重要文化財13件)を収蔵するまでになった。

19年から新施設の建設が開始され、23年10月には管理・運営が宮内庁から独立行政法人国立文化財機構に移管。同年11月、完成したⅠ期部分が「皇居三の丸尚蔵館」として一部開館し企画展を開催してきたが、25年5月からは、再休館。すべての整備を終え、11月3日に全面開館を迎えた。
外壁や内部には皇居建築にも用いられる緑青色の銅板屋根やひし形紋様があしらわれ、皇居との連続性が意識されていることがうかがえる。展示室は旧来の160平方メートルから1280平方メートルへと、約8倍の広さに拡張されている。
日本美術の精華
展覧会は「日本美術の精華」「正倉院宝物──古代の輝き」「明治──帝室技芸員の誕生」の3部構成。なお、この構成は前期だけのもので「正倉院宝物」は「聖徳太子と法隆寺献納宝物」(中期)と「ボンボニエール──皇室の御慶事を彩る小箱」(後期)に入れ替わる。また「明治──帝室技芸員の誕生」も「大正──モダンと古典の融合」(中期)と「昭和──100年の軌跡」(後期)に展示替えが行われる。
「日本美術の精華」では、様々な経緯により収集されてきた、平安から江戸時代にかけての品々を通じて宮廷文化の一端と、日本美術の名品を紹介する。

国宝の源兼行《雲紙本和漢朗詠集 巻上》(平安時代、11世紀)は、 藤原公任撰『和漢朗詠集』を上下二巻に書写したものが完全に残っている、完本の上巻だ。四季の歌の右下と左上に雲形の料紙を用いた雲紙本で、兼行の巧みな能書をいまに伝える。

室町時代のやまと絵屛風の代表的名品とされる《日月山水図屛風》(室町時代、16世紀)。純金の鍍金の日輪と満開の桜、芽吹く柳を描いた右隻と、三日月に照らされた刈田、雪山を描いた左隻によって四季の移り変わりを描いた絵画だ。動と静という対照的な右左隻は、筆致や技法から別の絵師によるものとされるが、金地が両者を華やかにまとめ上げている。

重要文化財の海北友松《浜松図屛風》(江戸時代、1605)は、浜と松、海と千鳥という浜辺の景色を、清々しさを感じる大胆な構図と金碧のコントラストで表現した八局一双の屛風。本作は水墨画を数多く描いた友松の数少ない金碧画だが、優れた色彩の表現力を持っていたことを知ることができる。

狩野探幽《源氏物語図屛風》(寛永19年、1642)は、『源氏物語』五十四帖から各一場面を選び、六曲一双に収めた屛風。加賀藩主、前田利常の娘・富姫が八条宮家に嫁ぐ際の婚礼調度とされており、金の箔と砂子をふんだんに用いて、幕府の御用絵師である探幽が華やかに仕上げた作品だ。

伊藤若冲《旭日鳳凰図》(宝暦5年、1755)は、若冲の画業初期の大作。後の《動植綵絵》で花開く、徹底した描きこみの片鱗が見て取れ、伝説上の鳥である鳳凰に、生き生きとしたディティールを与えようという若冲の意思が伝わってくる。
- 1
- 2





































