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【前編】なぜポーランドは文化に力を注ぐのか? 歴史を背負い、未来をつくる都市の現在地【3/3ページ】

国の文化を示す美術館から、未来を考える場所へ

 こうした都市の変化を考えるうえで、シロンスク博物館の歴史は興味深い。同館が設立されたのは1929年。第一次世界大戦後、長くドイツ側の支配下にあった上シロンスク地方の一部がポーランドに編入され、この地域の文化的・国家的なアイデンティティが大きな問題となっていた時代だ。

 同館館長のウカシュ・ガルフセクによれば、当時の美術館は、シロンスクに暮らすポーランド人に自国の文化的な豊かさを示すための施設だった。19世紀末から20世紀初頭のポーランド美術を中心に収集された作品群は、いわばポーランド美術の「視覚的な教科書」のような役割を担っていたという。

シロンスク博物館での常設展示「Gallery of Polish Modern Art 1800-1945」の展示風景 Photo by Rafał Wyrwich

 しかし、第二次世界大戦によって、その歩みは中断された。ナチス・ドイツの占領当局は美術館を解体し、完成間近だった新館を取り壊した。コレクションも大きな損失を被り、美術館が再設立されたのは1984年のことだった。その後、2015年に旧炭鉱跡地の現在の施設へ移転した。

 こうした歴史を経て、美術館の使命も変化してきた。「もはや、ポーランド文化がドイツ文化と同じくらい豊かで優れていることを証明する必要はありません」とガルフセクは語る。かつて国家的なアイデンティティを示すために形成されたコレクションは、いまでは国境を越え、人間や社会について考えるためのものとなっている。「今日のコレクションの最大の価値は、それがかつて何を象徴していたかだけでなく、芸術や人間、そして私たち自身について何を発見させてくれるかにあります」。

 その考え方は、20世紀後半のポーランド美術を紹介する展示「Beyond Eden」(〜12月31日)にも表れている。権力や社会構造、日常生活から、記憶、身体、死、超越へとテーマを展開しながら、近代化のなかで人間が経験してきた変化や葛藤を浮かび上がらせる構成だ。

シロンスク博物館での常設展示「Gallery of Polish Modern Art 1800-1945」の展示風景 Photo by Rafał Wyrwich

 ガルフセクによれば、本展の中心にあるのは、理想とはほど遠い現実を生きる人間が、それでも調和や意味、正義を求め続けるという矛盾である。近代化は人々に自由や新たな可能性をもたらすいっぽう、社会制度や価値観の変化、暴力、物質主義など、新たな不安も生み出してきた。そうした経験をポーランド美術から読み解くことで、地域に根ざしたコレクションから普遍的な問題を考えようとしている。

 そして、こうした近代化の光と影は、美術館が建つ上シロンスク地方そのものの歴史とも重なる。ガルフセクは、この地域が産業都市として発展し、さらに現在の変貌を遂げてきた背景には、新しいことに挑戦する人々の存在があったと語る。彼が地域の人々の特徴として挙げるのは、自らのアイデンティティに対する強い意識と、新しいものを受け入れる開放性が共存していることだ。「伝統への愛着と、変化を受け入れる姿勢。このふたつが共存することは、今日ではむしろ珍しいことです」。

 200年以上にわたり、天然資源と重工業を基盤として発展してきた上シロンスク地方。その産業モデルが終焉を迎えてから約35年が経ち、同地域は大きな転換を遂げてきた。ガルフセクは、かつて将来の展望が見えないと考えられていたこの地域が、いまでは変革の成功例のひとつとなっていると強調する。「かつては、この地域に未来はないと思われていた時期もありました。しかし今日、上シロンスクは先端技術、文化、科学、そしてグリーン経済の拠点として、自らの姿を根本からつくり直そうとしているのです」。

文化の発展は、誰を豊かにするのか

 しかし、こうした文化施設の整備が、そこで活動する芸術家たちの生活を直接改善しているかというと、必ずしもそうではない。ブレヴィンスカは、カトヴィツェのような大規模な文化開発が都市の魅力を高め、観客を増やし、芸術作品を発表するための優れた環境を生み出してきたことを評価する。いっぽうで、華やかな建築や大きな予算が、芸術家の経済的な安定に直接結びついているわけではないと指摘する。

 「大規模な再生事業は、都市を代表する文化施設や幅広い観客にとって大きな成果をもたらしました。しかし、インディペンデントなアートシーンが日々直面している経済的、生活上の問題は解決されていません」。文化施設の整備と、そこで創作する人々を支える仕組みの両方をいかに実現するかは、ポーランドの文化政策が抱える重要な課題のひとつだ。そして、こうした成長と矛盾は、首都ワルシャワの現代アートシーンにも表れている。

ワルシャワの街の風景 撮影:筆者

 旅の終盤、ワルシャワで訪れたのは、市内各地のギャラリーが一斉に展覧会を開催する「Warsaw Gallery Weekend」だった。経済成長とともに拡大してきたアート市場、国際的な注目を集めるギャラリー、そして独立系スペース。そこには、ポーランドの文化がこれから向かおうとする方向と、その課題が、より鮮明に現れていた。

 後編では、ワルシャワのアートシーンを手がかりに、ポーランドの文化的な発展の可能性と、その裏側にある矛盾を探る。

編集部