国家の歴史から、人々の経験へ。現代美術が映し出す社会
こうした歴史と社会の変化は、ポーランドの現代美術にも色濃く反映されている。今回訪れたワルシャワ近代美術館では、画家エドワード・ドヴロニク(1943〜2018)の個展「Pride and Shame」(〜2027年3月14日)が開催されていた。

ドヴロニクは、社会主義体制下のポーランドに生きる人々の日常を、独特のユーモアと風刺を交えて描いてきた画家だ。本展では、1970〜80年代に制作された代表的なシリーズ「Sportspeople」と「Workers」を中心に、その創作を振り返っている。画面に登場するのは、労働者や市井の人々など、社会のなかで必ずしも注目されることのなかった存在だ。鮮やかな色彩と誇張された人物表現を通じて、彼らの生活や感情、社会の矛盾が浮かび上がる。
元ザヘンタ国立美術館のキュレーターで、ポーランドの現代美術に長年携わってきたマリア・ブレヴィンスカによれば、1989年の民主化以降、ポーランドの芸術家たちは国家的な英雄像や殉難の物語を繰り返すのではなく、そうした歴史の語られ方自体を問い直すようになったという。
「芸術家たちは、殉難の歴史を強調する表現や記念碑的な表象から距離を置き、より批判的な立場を取るようになりました。国家的な神話を解体し、抑圧されてきた歴史を掘り起こし、集合的なトラウマの仕組みを分析するようになったのです」。
1990年代には、カタルジナ・コジラ、ズビグニェフ・リベラ、アルトゥル・ジミェフスキらによる「クリティカル・アート」が登場し、身体、宗教、権力など、それまで公然と扱うことが難しかった問題に切り込んでいった。歴史を守り、伝えることから、その意味を問い直すことへ。ポーランドの文化や芸術は、社会の変化とともに新たな役割を担ってきたのである。
石炭の街が、文化都市へと変わる
歴史や社会の変化に向き合う芸術が発展するいっぽう、近年の経済成長は、その活動を支える文化施設の整備にもつながってきた。1989年の民主化と市場経済への移行、2004年のEU加盟を経て、ポーランドでは都市の再開発や文化インフラへの投資が進められている。
その変化を象徴する都市のひとつが、ポーランド南部の工業都市カトヴィツェだ。かつて石炭産業で栄えたこの都市では、旧炭鉱跡地を活用した文化地区「カルチャー・ゾーン(Strefa Kultury)」が整備され、シロンスク博物館、ポーランド国立放送交響楽団(NOSPR)のコンサートホール、国際会議センターなどが集まっている。
2015年に現在の施設が開館したシロンスク博物館は、地上に残る炭鉱施設と、新たに建設された地下の展示空間を組み合わせた建築が特徴だ。かつて地域経済を支えた石炭産業の記憶を残しながら、ポーランドの近現代美術や地域の歴史を紹介している。

その隣に建つNOSPRのコンサートホールも、カトヴィツェの変貌を象徴する施設のひとつだ。2014年に完成した建物は、ポーランドの建築家トマシュ・コニョル率いるKonior Studioが設計。1800席を備えるメインホールの音響設計を手がけたのは、日本の永田音響設計だ。責任者を務めた豊田泰久は、ロサンゼルスのウォルト・ディズニー・コンサートホールやハンブルクのエルプフィルハーモニーなど、世界各地の著名な音楽ホールの音響設計に携わってきた人物でもある。
現地の政府関係者によるプレゼンテーションでは、1990年代にカトヴィツェで稼働していた6つの炭鉱のうち、現在も操業を続けているのは実質的にひとつであるとの説明があった。産業構造の変化に伴い、旧産業施設の新たな用途を模索する動きが進められている。美術館、音楽ホール、国際会議センターが集まる文化地区の整備は、石炭産業の縮小に直面した都市が、文化や科学、技術を通じて新たな将来像を描こうとする取り組みでもある。



















