今年9月、ポーランド投資・貿易庁(PAIH)が主催する日本メディア向けのプレスツアーに参加した。約1週間にわたり、ワルシャワ、クラクフ、グダニスク、ヴロツワフ、カトヴィツェなどの都市を訪れ、美術館や文化施設、歴史的建造物をめぐる旅だ。
最初の数日間で印象的だったのは、訪問先の政府関係者や文化機関の担当者が、繰り返し日本との関係強化への期待を語っていたことだ。その背景にあるのが、近年のポーランド経済の成長と、2025年大阪・関西万博でのポーランド館の成功である。
欧州委員会によれば、ポーランドの2025年の実質GDP成長率は3.6パーセントで、26年も3.5パーセントの成長が見込まれるなど、欧州連合(EU)内で高い成長率が維持できている。また、昨年の大阪・関西万博では、ポーランド館が会期中に130万人以上の来場者を迎え、建築やデザイン、音楽、伝統工芸などを通じて同国の文化を紹介した。今回のプレスツアーも、万博をきっかけに生まれた日本との交流を継続し、観光や経済、文化など幅広い分野で関係を深めようとする取り組みのひとつだ。

実際にポーランド各地を訪れて感じたのは、ある種の前向きな空気だった。とくに地方都市では、歴史的建造物や産業遺産を活用した文化施設の整備が進み、地域の関係者たちが都市の未来について熱心に語っていた。日本でも地方創生や観光振興を目的とした芸術祭、文化施設の整備が盛んだが、その背景には人口減少や地域経済の縮小に対する危機感があることも少なくない。いっぽう、今回ポーランドで出会った人々の言葉からは、文化を通じてこれからの社会や都市をつくっていこうとする期待が強く感じられた。
もちろん、それは政府機関が企画したプレスツアーで見た、ポーランドの一側面にすぎない。では、この国の文化や芸術の現場では、実際にどのような変化が起きているのだろうか。
複雑な歴史がかたちづくった、ポーランドの文化的アイデンティティ
ポーランドを旅していると、この国の歴史がいかに複雑であるかを実感する場面にたびたび出会う。
クラクフのヴァヴェル王城は、かつてポーランド王国の政治と文化の中心だった場所だ。いっぽう、南西部シフィドニツァにある世界遺産「平和教会」は、17世紀の宗教対立のなかで建設された木造のプロテスタント教会であり、現在のポーランド領内に異なる宗教的・文化的伝統が重なり合ってきたことを伝えている。
ポーランドは18世紀末、ロシア、プロイセン、オーストリアによる分割によって120年以上国家としての独立を失い、第一次世界大戦後の1918年に独立を回復した。その後も第二次世界大戦で甚大な被害を受け、戦後は社会主義体制のもとに置かれた。現在の国境や社会制度が形成されるまでには、幾度もの大きな変化があった。

その歴史を象徴する場所のひとつが、今回訪れたワルシャワの旧市街だ。1944年のワルシャワ蜂起とその鎮圧後、ナチス・ドイツによる計画的な破壊によって、歴史地区の85パーセント以上が失われた。しかし戦後、市民たちは古い図面や絵画、写真などを手がかりに街並みを再建。現在の旧市街は、1980年にユネスコ世界遺産に登録されている。
ポーランドの近現代史を理解するうえでもうひとつの重要な場所が、バルト海に面した港湾都市グダニスクだ。1980年、この地の造船所で始まった労働者たちのストライキを契機に、独立自主管理労働組合「連帯(Solidarność)」が誕生した。共産党政権に対抗する大規模な社会運動へと発展した連帯運動は、89年の円卓会議とその後の民主化に大きな役割を果たした。

現在、かつての造船所に隣接するヨーロッパ連帯センター(European Solidarity Centre)では、この歴史を豊富な資料や映像、展示を通じて紹介している。巨大な産業施設を思わせる建築の内部には、労働者たちの闘争の記録だけでなく、自由や民主主義、社会的な連帯について考えるための空間が広がる。
グダニスクで話を聞いたポーランドの音楽家LUCは、連帯運動と円卓会議について「ポーランドが世界に提供できるもっとも重要な価値のひとつ」だと語った。彼が率いるRebel Babel Orchestraは、異なる国籍や文化的背景を持つ音楽家たちが協働するプロジェクトだ。その名前には、言語の違いによって人々が分断された「バベルの塔」の物語を逆転させ、対話と相互理解によって共通の言葉を見出そうとする考えが込められている。

LUCによれば、ポーランド人は連帯運動の歴史を誇りに思っているものの、その意義を国際社会に十分に伝えられていないとも感じているという。Rebel Babel Orchestraの活動も、異なる立場の人々が対話し、妥協点を探るという考え方と結びついている。






























