植民地主義と奴隷制、そして日本統治下の台湾へ
藤井がこれまで継続して取り組んできた主題のひとつが、植民地主義と、その歴史に組み込まれた構造的な暴力だ。本展でも、そうした問題に着目した映像インスタレーションが複数紹介されている。


《南蛮絵図》(2017)は、中世における東西の接触と、南方へと拡大した植民地主義や奴隷制の歴史を取り上げる作品だ。映像では、黒人のクィア・アーティストによる複製写真を用いたパフォーマンスを通じて、宗教的規範や植民地主義、性の規範が交差する場で生み出される暴力を可視化している。
いっぽう、《無情》(2019)では、日本統治下の台湾で行われていた教育を、現代の日本で移民として暮らす若者たちが再演する。複数の大型スクリーンが並ぶ展示空間では、当時の記録映像と若者たちによる再演が組み合わされ、過去の記録と現代の身体が交差する。同作は、植民地教育における儀礼や反復を通じて、人々の身体や精神が国家に組み込まれていく過程を取り上げるものだ。藤井はこうした手法を通じて、過去の出来事を歴史の記録として扱うだけでなく、その歴史と現在の社会との関係を問い直してきた。
米軍が残した日本の戦争画の記録。新たな資料から見えてくるもの
展示はさらに、戦時下から戦後へと時代を進める。ここで扱われるのは、戦争という歴史的出来事と、それを記録し、表象する美術との関係だ。

本展のために制作された新作《日本の戦争美術 1947(特務)》(2026)は、藤井が2022年に発表した《日本の戦争美術 1946》(2022)に連なる作品である。後者はTokyo Contemporary Art Awardの受賞を契機に制作されたもので、今回の新作でも日本の戦争記録画をめぐる歴史の再検証が試みられている。
新作の中心となるのは、米軍の情報機関が作成した日本の戦争記録画に関するアーカイブ資料だ。歴史家によって新たに発見されたこの資料は、戦後、連合国軍総司令部(GHQ)が接収した153点の戦争記録画に関する情報をまとめたもの。藤井はアメリカ合衆国国立公文書館を訪れ、これらの資料を自ら撮影した。 作品では、資料の冒頭に掲載された1947年12月18日付の「序文」に着目し、その成立過程を、関係した2人の人物による架空の会話として描き出している。会場には、資料を撮影した写真が細長い展示台に並び、映像を含むインスタレーションとして展開される。戦争の記録を残した人々の行為に目を向け、その制作過程を再構成することで、歴史を記録する主体そのものを問い直す作品だ。

また、石橋財団コレクションからは、ジャクソン・ポロック(1912〜1956)の《ナンバー2、1951》(1951)も展示される。1951年は、日本でサンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約が調印された年であり、冷戦初期にあたる。アメリカの抽象表現主義は、自由主義社会の文化を象徴するものとして、冷戦期に戦略的に海外へ紹介された。戦争美術に関する資料と戦後の抽象絵画を通じて、美術が政治やイデオロギーと結びついてきた歴史が取り上げられる。



















