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何を価値と呼ぶのか。「経済」の意味を問い直す、第18回リヨン・ビエンナーレ【2/3ページ】

負債を引き受ける──macLYON

 ニコルズのキュレーションによると、macLYONは「実存(existential)」の領域にあたる。生と死、大地と空、遺産と負債などを通じて、過去に残されたものと現在を生きる私たちとのつながりを問いかける。

 地上階エントランスで待つのは、ブリラント・ミラジミによる高さ7メートルの油彩《Transparent body, foggy future》(2026)だ。1998〜99年のコソボ戦争で行方不明となった人々を主題に、骸骨の身体が、天と地の区別がつかない白黒の画面に、死を拒み成長を続ける子供のような表情で立つ。いっぽう、展示室では、ヤスミーン・アル・ダヤによる、胎児のように丸まった小さな粘土の人物像が展示ケースに収められている。ガザで暮らす作家は作品を持ち出せず、展示品は2025年の「Gaza Biennale Berlin Pavilion」のためにペトリット・ハリライが制作したレプリカだ。自らを守るような姿と、原作の不在が印象に残る。

ブリラント・ミラジミ《Transparent body, foggy future》(2026)。館内には、同作家がゴヤの《我が子を食らうサトゥルヌス》をモチーフにした赤い絵画もある Courtesy de l’artiste, Isabella Ritter, Paris et Ermes Ermes, Roma. Photo © Emmanuelle Firman
ヤスミーン・アル・ダヤ《Embrace》(2024)/ペトリット・ハリライによるレプリカ(2025) Photo © Emmanuelle Firman

 オセアニアからは、ランギ・キパ、マウリーン・ランダー、ヘイリー・ミラー・ベイカーら世代の異なる作家が、先住民の記憶や文化の継承と断絶を、鯨の歯や骨、土地に根差した麻や写真など、異なるメディウムで表現する。植民地主義によって断絶を余儀なくされた文化があるいっぽうで、それを血縁や場所性を超えた人と人との連帯によって移動させ、再現することで、そこから学ぶ可能性を示す。

 過去を乗り越え、より豊かな現在へとひらくような絵画もある。自然光の入る部屋に現れたトゥ=ヴァン・トランの色彩豊かな風景画は、ベトナム戦争で使われた虹色の枯葉剤を想起させる色を地層のように重ねた。マシュー・ハリスは、藍鉄鉱の顔料で3万9000ものセルを描き、英国に収蔵された先住民文化財が収集・分類され、価値づけられてきたことを示す。セルとセルのあいだをグリッド状に這う白地が歪んでくるような錯覚すら覚える。

トゥ=ヴァン・トラン《Les Couleurs du gris (Coulours of Grey)》(2023-26) 撮影:筆者

一緒に生きられないのか──織物装飾芸術博物館

 リヨンでは、2014年に大型の文明博物館「コンフリュエンス」が開館するいっぽう、近代化を支えた絹産業の遺産を収める織物装飾芸術博物館は2021年から工事のため閉館している。今回は特別開館し、「関係(relational)」という域を設定しながら、傷んだままの内装の上にビエンナーレの作品が重ねられた。そのパラドックスを感じながら、展示室へ入った。

 外は晴天の9月、昼下がりの室内もやや蒸し暑い。ミハイル・カリキスは、現在拠点とするリスボンで若者たちとグルベンキアン管弦楽団が共演したコンサートを映すインスタレーションで、分断の時代に何が人を結びつけるのか、彼らの声を響かせる。未来への希望のようにも聞こえるが、現在を築いた大人は何を汲むべきだろうか。アンジェリカ・メシティは、現在拠点とするフランスで教えられるウォームアップ・ゲームを行う若者たちを映像に捉える。手をこすり、指を鳴らし、拍手する身振りは、やがて雨音のような集団のリズムへと変わっていく。祈雨の儀式にも見紛うのだが、いまの地球でかつてと同じように雨が降るとは限らない。

 トーゴ出身のコクー・フェルディナン・マコウヴィアも現在パリを拠点にしている。歴史的建造物のホールの壁一面に、一度焼かれた段ボールを白く塗り世界地図をつくり直した《Tectonique des ombres》(2026)は、土地や国境を別のかたちで捉えながら陰影を落とす。たくさんの粘土玉がつながった作品もある。作家が街に出て人々と話し、それぞれがつくったかたちを集めたものだ。作品制作や展示が搾取になりかねないことを自覚する作家にとって、他者とつくり分け合うことが、制作の一部になっている。

コクー・フェルディナン・マコウヴィアによる展示風景 Photo © Blandine Soulage

 奥に進むと、macLYON同様に自然光の差し込む部屋に出る。ルシア・カグラマニャンによる、水滴のかたちにも見える白いハンモックがぶら下がっている。リヨンのアルメニア系コミュニティの協力で制作され、ジェノサイド後の孤児院や難民キャンプで使われた担架や包帯を参照している。鑑賞者はその中で揺られ、離散した人々の言語による子守唄を聴く。当事者にとって危機の経験が、ここでは他者を包み、眠りへ誘うものとして差し出されている。その傍らには、ロシア・ウクライナ戦争によるまだ小さい娘との移住を、フィンランドの一時滞在先での散歩やヨガ、髪を切るといった日常の光景として焼き付けたカーチャ・レシフの写真がある。

ルシア・カグラマニャンによる展示風景 Photo © Emmanuelle Firman

 さらに、動物のイメージとぬいぐるみの作品も現れる。北イタリアに戻ってきたオオカミと人間が分け合う土地(ミケラ・デ・マッテイとインヴァーノムト)、地域で見つかった動物の死体と使い古されたぬいぐるみを並べるポラロイド(フィオナ・クラーク)、十字架に磔にされた猿のぬいぐるみ(アネット・メサジェ)……近代化や戦争による生態系の破壊と断絶に、犠牲と愛着、贖罪への願いが重なる。

編集部

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