パリの前衛は、韓国でどう受け取られたのか
展示の最後に置かれているのが、ポンピドゥ・センター・ハンファ独自のセクション「KOREA FOCUS: モダン・アバンギャルドへの夢の地図」だ。

起点となるのは、1920~30年代の日本統治時代のソウル(当時の京城)。絵画だけでなく、文学、舞踊、建築、写真、映画など、複数の領域で新たな表現が試みられた時代だ。当時の芸術家や知識人にとって、パリは「モダン」を象徴する都市のひとつとして参照された。なかでも「キュビスト的詩人」とも呼ばれた李箱(イ・サン)(1910〜37)らの活動を通して、前衛芸術が視覚芸術だけでなく都市文化や文学、舞台へと広がっていたことを紹介する。

こうした動向は、解放と朝鮮戦争を経た1950年代以降にも異なるかたちで接続していく。会場では李壽億(イ・スオク)《6・25動乱》(1954)、河麟斗(ハ・インドゥ)《自画像》(1957)、朴崍賢(パク・レヒョン)《露店》(1956)などの作品を通じ、キュビスムを含む西洋近代美術の造形語彙が、韓国の歴史的状況のなかでどのように受容され、変形されたのかをたどる。
ここでキュビスムは、パリで完結した運動としてではなく、異なる地域へと移動しながら別の歴史や文化と接続していったものとして位置づけられる。本展の前半でたどってきた1907~27年の西洋美術史に、韓国近代美術というもうひとつの時間軸が重ねられる構成だ。
ソウルに置かれた「ポンピドゥ」は何を展開するのか
ポンピドゥ・センター・ハンファでは、今後4年間にわたり、パリのポンピドゥ・センターの近現代美術コレクションをもとにした展覧会を年2回開催する。加えて、韓国の現代美術や国際的な動向を扱う企画も展開される予定だ。

開館展では、ポンピドゥ・センターのコレクションを用いてキュビスムの歴史をたどるだけではなく、その末尾に「KOREA FOCUS」を配置することで、同じ造形言語が韓国でどのように受容されたのかを併置していた。パリのコレクションをソウルでどのように位置づけ、韓国の美術史や同時代の表現と接続していくのか。今後の展覧会でも、その方法が問われていくことになるだろう。
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