「消滅美術館」とは何か。
第4室までの盛りだくさんの内容にひとつの区切りを感じながら第5室に足を踏み入れると、光景は一変する。そこに広がるのは、真っ白な展示室に置かれた、真っ白な絵画と真っ白な展示台。ここで観客は、タイトルにある「消滅せよ」という言葉の意味に直面する。最終章である第5室「絶望するな。では、失敬。」は、当初の計画にはなかった「消滅美術館」という発想が組み込まれた、本展の核心部となる。


やなぎが「エア展示」と言い表すこの空間では、講談師、ダンサー、パントマイム俳優など、18組のパフォーマーによる「語り」が、会期中毎日5回、各回約15分にわたって繰り広げられる。目に見える造形物が消失した空間で、身体と言葉だけが浮上するとき、我々は何を受け取るのだろうか。

三者の過剰さがあらわになった部屋を経てたどり着く「消滅美術館」。それは、日頃いかに我々が視覚情報に依存しているかを突きつける。鑑賞者の目の前にある美術館という概念は消えるものの、脳内には一人ひとりの異なる作品が表れ、目に見えない美術館が立ち上がっていく。「消滅せよ。」という挑発的な言葉は、美術館という制度や美術史の権威性に対する根源的な問いかけにも感じられる。
三者が掲げた旗の向かう先、そして美術館という存在の行方。自らの表現を極めたアーティストたちが、最後にあえて「消滅」を提示する。その意味について深く考えさせられる展覧会であった。
なお、大阪・北加賀屋のモリムラ@ミュージアム(M@M)では、関連展「森村泰昌 BEKKAN 別館―もうひとつの『驚異の部屋の私たち』」も開催されているため、あわせて足を運んでみてはいかがだろうか。



















