続くパンリアル美術協会は1949年、京都市⽴絵画(美術)専⾨学校⽇本画科の卒業⽣が中⼼となって発⾜した前衛団体で、「吾々は⽇本画壇の退嬰的アナクロニズムに対してここに宣⾔する。眼⽟を抉りとれ。四畳半の陰影にかすんだ視覚をすてて、社会の現実を凝視する知性と、意欲に燃えた⽬を養おう」という強烈なパンリアル宣⾔を掲げた。「パン」は「汎」を表し、「リアル」は「リアリズム」の意であり、抽象表現や西洋美術の動向を積極的に摂取した点に特徴がある。本展では三上誠、山崎隆、星野眞吾、不動茂弥、大野秀隆(俶嵩)、下村良之介らが紹介される。
なかでも大野秀隆(俶嵩)の《緋 No.24》(1964)は象徴的だ。赤く塗られた色面に麻袋を貼り付けた本作は、絵画の平面性を逸脱する「もの」としての存在感を放ち、絵画とは何かという問いを突きつける。この問題提起は、当時のパンリアル美術協会内部でも激しい議論を呼んだという。





















