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「SPRING わきあがる鼓動」(ポーラ美術館)開幕レポート。箱根から立ち上がる創造の鼓動を追う【6/6ページ】

 展覧会のエピローグを飾るのは、名和晃平による「PixCell-Deer」シリーズである。2体の鹿の彫刻が向かい合うように配置された空間は、静謐でありながら強い緊張感を湛えている。

展示風景より、左から名和晃平《PixCell-Deer#74》(2024)、《PixCell-Deer#72(Aurora)》(2022)

 名和は、デジタル画像の最小単位「Pixel(画素)」と、生物の最小構成単位「Cel(細胞)」を掛け合わせた独自の概念「PixCell」を用い、自然と人工、生命と情報の境界を問い続けてきた作家だ。本作では、動物の剥製という自然の表象を、人工クリスタルボールで覆うことで、表面の質感や光の反射を変化させ、見る距離や角度によって異なる像を立ち上げる。

 遠目には確かなかたちを持つ鹿は、近づくにつれて輪郭を失い、色彩や反射が揺らぎ始める。そこでは、「見えているもの」が必ずしも本質ではなく、むしろ不可視の領域にこそ意味が潜んでいることが示唆される。2体の《PixCell-Deer》が対峙する空間は、鑑賞者自身をもまた関係性の内部へと引き込み、生命とは何か、知性とはどこに宿るのかという問いを静かに投げかける。

 箱根という土地から立ち上がり、歴史、自然、身体、そして情報へと連なってきた本展は、現在の私たちの足元へと帰還する。「SPRING わきあがる鼓動」は、過去から未来へ、ここから彼方へと続く想像の循環を、豊かな共鳴として体感させる展覧会である。

編集部