公共空間や路上を舞台としたアートプロジェクトを展開するアートチーム・SIDE COREの大規模個展「SIDE CORE 展|コンクリート・プラネット」が、東京・外苑前のワタリウム美術館で開幕した。会期は12月8日まで。
SIDE COREは2012年より活動を開始したアートチーム。近年の展覧会に「百年後芸術祭」(2024、千葉、木更津市/山武市)、「第8回横浜トリエンナーレ『野草:いま、ここで⽣きてる』」(2024、横浜市)、「山梨国際芸術祭 八ヶ岳アート・エコロジー2023」(2023、山梨)、「BAYSIDE STAND」(2023、BLOCK HOUSE、東京)、「奥能登国際芸術祭2023」(2023、 石川、珠洲市) 、「rode work ver. under city」(CCBTアート・インキュベーション・プログラム)(2023、目黒観測井横 空地)、「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」(2022 、森美術館、東京)、「Reborn-Art Festival」(2022、2019、2017、宮城、石巻市)、「水の波紋展2021」(2021、ワタリウム美術館、東京)、「Out of Blueprints by Serpentine Galleries」(2020、NOWNESS、ロンドン)などがある。
本展は「視点」「行動」「ストーリーテオリング」をキーワードにSIDE COREの作品をワタリウム美術館の建築と呼応させつつ、都市のなかで連鎖し伝播していくカルチャーについて思索を深めていく展覧会だ。
まず、2階のエントランスで来場者を迎えるのは街路灯やトンネルに多く用いられていたオレンジ色のナトリウムランプの光につつまれた空間《モノトーン・サンセット》(2024)だ。長寿命かつコントラストがはっきりとするために全国の道路で採用されてきたこのランプも、代替品の登場により姿を消しつつある。このランプに照らされた絵画と彫刻作品が、ここから都市の深部へと潜ろうとする本展の導入を来場者に教えてくれる。
ワタリウム美術館のアイコンとも言うべき吹き抜けでは、鉄パイプをまるで高速道路のインターチェンジのように曲げてつなぎ合わせた《コンピューターとブルドーザーの為の時間》(2024)が設置されている。本作は3階へとつながっており、一定時間ごとに階上から2階へと鉄パイプのなかをセラミックの球が走って落ちてくる。球と鉄の摩擦音がパイプ内で共鳴し、都市のインフラが日々生み出し続けている音と呼応する。
この《コンピューターとブルドーザーの為の時間》を照らしているのが、複数の自動車のヘッドライトを使用した作品《夜の息》(2024)だ。ヘッドライトは前方を照らし視認性を高めるという明確な目的を持っているが、車種ごとの個性を表現するための様々な意匠も取り入れられている。交通手段のひとつに過ぎない自動車に個性を与えようとする、人間とシステムの関係性を思考させる作品だ。
《東京の通り》(2024)は工事現場で使用される注意書きの文字やピクトグラムなどを壁一面にコラージュした作品。工事現場で使用されているピクトグラムやフォントは標準規格が設定されておらず、例えばピクトグラムの人物のヘルメットのツバの有無や、数字フォントの長体のかかり方など、見比べると細かな差異がいくつも見つけられる。記号としては同一ではあるが、図像としては無数のバリエーションを持つこれらの表示は、隠れていた都市の多重性が表出しているともいえる。
《柔らかい建物、硬い土》(2024)をはじめ、本展ではいくつかの陶作品も発表されている。素材となる土の持つ有機性が表面に現れたこれらの作品群は、都市を構築するコンクリート、鉄、アスファルト、プラスチックといった素材が、そもそも自然由来であることを思い出させる。
また《Untitled》(2024)をはじめとした、都市におけるグラフィティ、そしてそれらが消しては描かれる変化の歴史そのものを封じ込めた絵画シリーズも会場各所で展示。配管、建築、グラフィック、キャラクターなどが描きこまれ、そして重ねられた絵画は、何気ない都市の壁面に宿る歴史のレイヤーに気づかせてくれる。
3階で展示されている《unnamed road photograhs》(2024)は、2017年ごろからSIDE COREがスマートフォンで撮影してきた写真をプリントアウトした作品。各写真は明滅しており、ひとつの写真をじっくりと見ることができないが、これは液晶画面上で見る写真が、スワイプしたり拡大したりと、つねに動的に受容されていることを示唆する表現だ。SIDE COREの過去の活動を振り返りつつ、その活動においては即時的な図像が生まれ続けていることも知ることができる。
《untitled》(2022)は羽田空港近辺にあるトンネルの壁に肩をつけて歩いていく人物を写した映像作品。壁に擦れたTシャツには自動車の排ガスのススがつき、また壁の擦れた箇所はそのまま長い線へとなっていく。都市を身体によってとらえようというSIDE COREの原点的な欲求が端的に現れた映像作品だ。
《empty spring》(2022)は、コロナ禍の初期に撮影された映像作品。ロックダウン中の人影がない街で、ホウキやゴミ、三角コーンなどがポルターガイスト現象のように動く。本作は、いまや遠い過去のことにようにも思える、あの非常事態宣言下の東京で起こっていたことについての記録にもなっている。
4階で展開されている《under city(ver.2024)》は、都市の地下空間をスケーターたちが滑走する様子をとらえた映像作品だ。本作は地下の廃駅、地下調整池、汚水処分場、雨水貯留施設といった通常の都市生活では訪れることができない場所で撮影されている。階上では映像が壁面、床、天井などに設置された複数のモニターによって切り替わり、共鳴するような音響が鑑賞者を包みこむ。本作はその映像の美麗さに目を奪われがちだが、同時にストリートを舞台に技を磨いてきたスケーターたちが、通常では立ち入れない公共の設備でライドするというその構造にも注目したい。その実現のためにはいくつもの交渉と綿密な準備があったはずで、このプロセスそのものもまた、都市を多面的にとらえ、公共性そのものにもアクセスしようとするSIDE COREの本質を表しているといえるだろう。
ワタリウム美術館の館外にむけても本展は拡張されている。美術館の向かいの空き地では奥能登国際芸術祭で展示されていた《bloein` in the wind》(2023)が再展示され、向かいのビルの屋上からは、ストリートカルチャーにおいて象徴的なアイコンであるネズミをモチーフとした《ねずみくん》(2018)が静かに街を見下ろしている。ほかにも、長い会期中には様々なアクションが美術館の内外で行われる予定だ。
都市は人間の身体とともにあり、また人間の身体は都市とともにある。あまりにも自然に順応しているからこそ忘れてしまっているその構造を再確認し続けてきたSIDE CORE。本展はそうした彼らの活動を作品一つひとつと向き合うことで、改めて見つめることができる展覧会といえるだろう。鑑賞者の身体は都市とどのように呼応しているのか。帰路、通り過ぎる壁面と自分の身体との関係を意識せざるを得ない、示唆に富んだ展覧会だ。
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