1995年、ワタリウム美術館が主催し、ヤン・フートによるキュレーションのもと開催された「水の波紋95」展が、新たに「水の波紋展2021」として帰ってきた。
「水の波紋95」展はアート作品を青山の街に点在させ、普段は歩かない都市の裏側の魅力を見てもらうことを意識した展覧会として開催された。そこから26年の時を経て行われている「水の波紋展2021」は、変わろうとしている新旧の街並みの狭間にあえて作品を配置するよう試みられたもの。
東京オリンピックを契機とする再開発で、大きく姿を変える東京。それは国立競技場からほど近い青山エリアも例外ではない。ワタリウム美術館の和多利恵津子・浩一姉弟がキュレーションする本展では、ふたりの地元である青山地域を中心に、公園や空き地、マンションの一角などが会場として設定された。
参加作家はクリスチャン・ボルタンスキー、デイヴィッド・ハモンズ、檜皮一彦、ホアン・ヨン・ピン、ファブリス・イベール、JR、柿本ケンサク、川俣正、フランツ・ウエスト、バリー・マッギー、フィリップ・ラメット、名もなき実昌、坂本龍一+アピチャッポン・ウィーラセタクン、笹岡由梨子、SIDE CORE、竹川宣彰、トモトシ、UGO、梅沢和木、山内祥太、Yotta、弓指寛治、渡辺志桜里、ビル・ウッドロウが参加している。なかでも注目すべきは若手アーティストたちの存在だ。
昨年から西荻窪でTOMO都市美術館を企画・運営するトモトシは、《ミッシング・ミッシング・サン》(2021)として国立競技場からほど近い場所でマスクをつなぎ合わせた「白旗」を揚げた。トモトシは今年3月、都内で同じように街なかの国旗掲揚塔に白旗を揚げるアクションを3ヶ月にわたり実施。今回の作品はその「再演」とも言えるものだ。
梅沢和木が作品の舞台に選んだのは、青山通りの裏手にひっそりと存在する北青山三丁目児童遊園(通称「くじら公園」)だ。文字通り、くじらの遊具が鎮座するこの公園。和多利姉弟から子供時代のくじら公園の思い出を聞いた梅沢は、自身がモチーフとして使用するキャラクターと公園の遊具(キャラクター)の間に、「時空を超えて人が語り続ける」という共通点を見出し、それらをミックスした巨大な壁画を生み出した。
この梅沢の《くじら公園アラウンドスケープ画像》のほど近くには、自身が使用する車椅子や身体性をテーマにした作品を手がけ続けるアーティスト・檜皮一彦による初の立体作品《hiwadrome type: re[in-carnation]》(2021)や、コマーシャルフィルムの分野で活躍する柿本ケンサクが自身の写真をAIに学習させ生み出した抽象画のような平面作品《タイムトンネル》(2020)が展示。また、「水の波紋95」展で展示された川俣正+フランツ・ウエストのインスタレーションを設置することで、再開発によって大きく姿を変えつつある北青山の姿を、過去と現在から見つめる。
2018年に「第21回岡本太郎現代芸術賞敏子賞」を受賞し、翌年には「あいちトリエンナーレ2019」に参加するなど近年目覚ましい活躍を見せる弓指寛治は、青山の3ヶ所で作品を展示。本展で弓指は1945年5月に表参道一帯を焼き尽くした「山の手大空襲」を題材に作品を制作。1891年に創業し、表参道のランドマーク的存在となっている山陽堂書店では、同書店の歴史展示とコラボレーションするかたちで絵画や立体を展示。空襲当時、実際に飛来した464機のB29を描いたドローイングは圧巻だ。弓指はこのほか、「ののあおやま」と岡本太郎記念館でも作品を展示。
渋谷区役所第二美竹分庁舎では、2020年に誕生したオルタナティブスペース「UGO」、笹岡由梨子、渡辺志桜里、竹川宣彰、そしてJRの作品が展示。竹川は政治利用と商業主義に覆われるオリンピックを、作家自身の亡くなった飼い猫を追悼する猫のオリンピックに置き換えた《猫オリンピック:開会式》(2019)を展示。無観客となった東京オリンピックとは逆に、猫オリンピックでは様々な姿をした猫たちががひしめいている。
今回の「水の波紋展2021」でもっとも重要な展示は、SIDE COREによる広大な空き地を使用した展示だろう。「風景にノイズを起こす」をテーマに、都市や地域でのリサーチを土台にアクションを伴った作品を制作しているSIDE COREは、国立競技場からわずか500メートルという神宮前の一等地にぽっかりと存在する空き地を、多様な世代・国籍・バックボーンを持つ7組のアーティストに開放した。
黄色いコインパーキングの看板によって構成された立体作品はEVERYDAY HOLIDAY SQUADによる《TIME GATE》(2021)。古い建物が壊され、コインパーキングになり、新しい建物ができるという都市の循環から着想された本作は、コインパーキングの「あいだの時間」としての意味に着目。コロナ禍と東京オリンピックというカオスのなかで、「次の時代への入り口」としての意味を持つ。
ストリートカルチャーにとって欠かせない存在であるスケートボード。東京オリンピックにおける金メダル獲得は、世間のスケートボードに対する認識を変えるものだった。国際的なストリートスケーターでありスケートビデオディレクターとして知られる森田貴宏は、真っ白なスケートランプを《Movement》(2021)として展示。あえてルールを明記しないことで、変わりつつあるスケートボードの意味を問いかける
このほか、この空き地にはアーティストユニット「鯰」(表良樹、藤村祥馬、森山泰地)による、遊具のように見えるものの具体的な使用方法が不明な彫刻作品や、10代のグラフィティライター、アーティスト、スケーター、ミュージシャンのチーム「TOKYO ZOMBIE」による工事現場を模した展示空間などが点在。複数アーティストによる作品が並列に存在することで、ひとつの巨大なインスタレーションを構成している。
なお、この「水の波紋展2021」は同じく和多利姉弟がキュレーションした、自由で新しい都市のランドスケープを提案する「パビリオン・トウキョウ2021」と同時期開催。すべての作品を見て回り、アートから現在の東京を見つめたい。