「遠距離現在 Universal / Remote」(国立新美術館)レポート。コロナ禍の「距離」を忘れない、いまを考えるために

東京・六本木の国立新美術館で、現在社会のあり方に取り組むアーティスト8名と1組の作品による展覧会「遠距離現在 Universal / Remote」が開幕。会期は6月3日まで。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、エヴァン・ロス《あなたが生まれてから》(2023)

 東京・六本木の国立新美術館で、現在の社会のあり方に取り組んできたアーティスト8名と1組の作品を紹介する展覧会「遠距離現在 Universal / Remote」が開幕した。会期は6月3日まで。

会場のエントランス

 本展に参加するのは井田大介、徐冰(シュ・ビン)、トレヴァー・パグレン、ジョルジ・ガゴ・ガゴシツェ+ヒト・シュタイエル+ミロス・トラキロヴィチ、地主麻衣子、ティナ・エングホフ、チャ・ジェミン、エヴァン・ロス、木浦奈津子。キュレーションは同館特定研究員の尹志慧が担当した。

左から、逢坂恵理子(国立新美術館館長)、尹志慧(国立新美術館特定研究員)、ティナ・エングホフ、エヴァン・ロス、井田大介、地主麻衣子、木浦奈津子

 同館が自主企画するグループ展は5年ぶり。本展は2020年の新型コロナウイルスのパンデミックを起点に計画されており、熊本市現代美術館や広島市現代美術館とともに企画された。熊本から巡回した本展は、その後6月29日〜9月1日の会期で広島へと巡回する。

展示風景より、トレヴァー・パグレンの作品

 担当キュレーターの尹は、本展に込めた意義を次のように語った。「日に日に忘却の彼方に遠ざかるパンデミックの日々を、展覧会というかたちで振り返ろうと試みた。コロナ禍は、ディスタンスが要請され、また移動が制限されたことで物理的な距離も感じた。総じて『遠さ』を認識させられたと言え、偏在する不均衡や格差、社会の問題における『遠さ』が浮き彫りになった。いま、次第に忘れられていくこの『遠さ』への意識を再び呼び戻したいと考えた。『遠くにある現在』を忘れず、そして『Universal』と『Remote』を分断して思考してみようと『遠距離現在 Universal / Remote』とタイトルをつけた」。

展示風景より、木浦奈津子の作品群

 会場の作品を紹介していきたい。彫刻という表現形式を問いながら、彫刻・映像・3DCGなど多様なメディアを用いて表現を続けてきた井田大介。今回はコロナ禍で制作された《誰が為に鐘は鳴る》《イカロス》《Fever》(すべて2021)の3つの映像作品を展示している。落ちそうだが落ちず飛び続ける紙飛行機の映像《誰が為に鐘は鳴る》、空高く浮かんだ気球が風に流されていく《イカロス》、炎で熱せられる続けるブロンズ像を映す《Fever》と、「飛行」「上昇」「落下」について扱った作品だ。いずれもある現象が継続しているからこそ、崩壊の予感も漂う。この不安感は、安定して見える日々が極めて不安定なバランスによって成り立っていることを意識せずにはいられない。

展示風景より、井田大介《誰が為に鐘は鳴る》(2021)
展示風景より、井田大介《イカロス》(2021)

 40年以上のキャリアを持つ徐冰(シュ・ビン)の初の映像作品《とんぼの眼》は、ネット上に公開されている監視カメラの映像を組み合わせ、男女のラブストーリーを見せるもの。また、2013年の米国家安全保障局(NSA)の盗聴告発を受けて作成されたトレヴァー・パグレンの写真シリーズも、インターネット回線を支えるケーブルの存在を示唆する海辺や海中を風景的にとらえたものだ。いずれも、監視技術やインターネットといったインフラにあまりに支配される現代を照射している。

展示風景より、徐冰《とんぼの眼》(2017)
展示風景より、トレヴァー・パグレン《米国家安全保障局(NSA)が盗聴している光ファイバーケーブルの上陸地点、米国カリフォルニア州ポイントアリーナ》(2014)

 映像やパフォーマンス、テキストを組み合わせ文学的な体験をつくり出す地主麻衣子。出展作《遠いデュエット》は、地主が心酔する小説家、ロベルト・ボラーニョの小説の引用などによるスペイン語の文章が朗読される、手紙のような映像作品だ。最終的に寓話的なこのテキストについて、朗読者であるスペイン出身の女性と対話することで、日本とスペインとの社会や文化の違いが浮き彫りになる。

展示風景より、地主真以子《遠いデュエット》(2016)

 デンマークの作家、ティナ・エングホフは高福祉国家とされる同国の福祉政策の暴力性をあぶり出すような写真作品を制作。会場の写真は一見するとごく普通の家庭の内部を切り取ったような作品だが、いずれも病院で亡くなった、あるいは自宅で孤独死した人々の自宅を撮影したものだ。誰しもに訪れる死の影が、画面外を想像させる構図から染み出している。

展示風景より、ティナ・エングホフの作品群

 木浦奈津子は自らの生活風景を写真に収め、そこから油絵を制作する作家だ。木浦の生活にひも付いた日常の風景が、シンプルなディティールと色彩の匿名的な構造に変化しており、固有だった風景が作家以外の他者にとっても意味を持つものとなっている。

展示風景より、木浦奈津子《こうえん》(2023)

 ジョルジ・ガゴ・ガゴシツェ、ヒト・シュタイエル、ミロス・トロキロヴィチは青いステージと映像モニターを組み合わせた複雑な作品《ミッション完了:ベランシージ》は、ジョージア出身のデザイナー、デムナ・ヴァザリアをテーマとしたもの。モニターには作家3名の姿が映し出され、ヴァザリアがディレクターを務めるブランド・バレンシアガの模倣性についてのプレゼンテーションを行う。ファッションを題材に、政治的かつ模倣的に「売ること」に特化した現代消費社会を映し出し、世界を飲み込むかのような巨大な資本主義の波を想起させる。

展示風景より、ジョルジ・ガゴ・ガゴシツェ、ヒト・シュタイエル、ミロス・トロキロヴィチ《ミッション完了:ベランシージ》(2019)

 エヴァン・ロスは2012年より、自身のコンピューターのキャッシュに蓄積した画像を用いたインスタレーションを展開してきた。本展に出品された《あなたが生まれてから》は、作家の次女が誕生した2016年6月29日以降の画像のキャッシュを無作為に床から壁面まで敷き詰めたものだ。蓄積された情報によって生かされているともいえる、現代の人間の生活が巨大なスケールで鑑賞者に迫る。

展示風景より、エヴァン・ロス《あなたが生まれてから》(2023)

 チャ・ジェミン《迷宮とクロマキー》は「労働」をとらえた映像作品と言えるだろう。配線作業者が黙々とケーブルのメンテナンス作業を行うなか、グリーンバックの前でナイフを持つ作業者の手元が時折挿入される。この静かな作品は配線という生活において不可欠なインフラを支える労働者が匿名的に処理されてしまっていることを、淡々と物語っている。

展示風景より、チャ・ジェミン《迷宮とクロマキー》(2013)

 本展に集められたのは、いずれも直接的に「距離」を訴えるものではない。しかし「ずらし」ているからこそ、浮き彫りになる現代社会の複雑さ、不安定さ、不誠実さが表れている。コロナ禍を過去にする前に、見なければならないものを人々に示唆する展覧会と言えるだろう。

編集部

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