ともにヨーロッパを代表するアーティストであるミヒャエル・ボレマンスとマーク・マンダース。その2人展「ダブル・サイレンス」が、美術館の展覧会としては世界で初めて金沢21世紀美術館で開催されている。会期は2021年2月28日まで。
ミヒャエル・ボレマンスは1963年ベルギー生まれ。ベラスケスやマネなど伝統的な西洋絵画の技法とテーマに強い関心を寄せ、絵画を「想像的な世界の窓を開く普遍的な言語」としてとらえ、作品を制作してきた。ボレマンスが本格的に絵画に取り組み始めたのは30代のことで、それまでは写真や製図、エッチングなどのメディアを扱っていた。
日常に潜む不穏や危うさを、曖昧で矛盾に満ちた画題で表現し、近年は絵画以外に映像作品も制作している。
いっぽうのマーク・マンダースは1968年オランダ生まれ。86年から「建物としてのセルフ・ポートレイト」をコンセプトにしており、その作品は、すべてがひとつの大きな自画像の一部を構成するもの。ドローイングや彫刻は部分的に互換性を持ち、それぞれどのような「想像上の部屋」に収めるかによって、有機的に変化し続ける。
本展タイトルにあるように、ふたりに共通するのはある種の「静寂」だ。キュレーターである金沢21世紀美術館チーフ・キュレーターの黒澤浩美はこう語る。「ふたりに共通する言葉を見つけてほしい、というリクエストを出したんです。そうしたところ出てきたのが『ダブル・サイレンス』という言葉だった。ダブルというのはたんなる『足し上げ』ではなく、互いに異なる静寂さの融合、という意味があるのだと思います」。
これまでボレマンスとマンダースは、グループ展などでの共演はあったものの、ふたりだけの美術館展というのは今回が初めて。コロナ禍で来日ができないなか、Skypeでつなぎながら展覧会をつくりあげたという。会場ではそれぞれの作品のみで構成された部屋もあるが、特筆すべきはふたりの作品が渾然一体となった空間だ。
「ふたりは互いが互いの仕事をとても尊重していて、どうすれば際立つか、どうすれば融合するのかを理解しているのです。事前ミーティングでもそれぞれが相手の作品について話すことも多かったですね」。
会場となる金沢21世紀美術館はSANAA建築として知られるが、ふたりはコロナ以前に下見で来日した際、そのコンセプト(「まちに開かれた公園のような美術館」)や空間を瞬時に把握したという。円形の展示室をはじめ、いたるところでふたりの作品がまるでひとりの作品であるかのような、融合している感覚を受けるだろう。
「今回は、マンダースのコンセプトである『建物としてのセルフ・ポートレイト』に初めて別の作家を招き入れた、ということが大きなポイントです。単純にマンダースの部屋にボレマンスの作品がかかっている、ということではありません。互いの作品を通して、セルフ・ポートレート化するということを試みており、会場全体がひとつのセルフ・ポートレートでもあるのです」。
絵画と彫刻という伝統的な技法を使いながら、現代に生きる人間として複雑な心理状態や関係性を深く掘り下げるふたり。黒澤は次のように語ってくれた。
「現代美術は突然湧いてきたものではなく、たゆみなく蓄積されてきた歴史があったうえにあります。いま生きている私たちはそれを読み替えたり読み直している。当たり前のことなのですが、現代はそれがとても軽んじられているように思います。いまここにある表現はどのようにつくられてきたのか、過去と未来は切り離せないものである、ということを意識して見ていただけると、より楽しめると思います」。
新作を含む約80点の作品群を通して、ふたりが見せる静寂と「セルフ・ポートレート」に向き合ってほしい。